シリーズレポート「BIMが切り開く未来の街」 第1部 vol.3
ICT技術が切り開く「暮らし」の未来形
- 第1部 vol.01
BIM着工100%に向けて - 第1部 vol.02
設計・施工・生産をデジタルでシームレスにつなぐ - 第1部 vol.03
ICT技術が切り開く
「暮らし」の未来形 - 第2部
築地市場跡地の
新たな可能性
1回目、2回目では、長谷工コーポレーション(以下、長谷工)が、
BIMやAIなどに対してどのように取り組んでいるかを中心にお伺いしました。
3回目は最終話として、最先端ICT技術の活用で都市や暮らしはどう変わるか、
その可能性について語り合っていただきます。
ここで出されたアイデアの一部を活かしながら、次回は第2部として、
旧築地市場の跡地を想定して未来の街を具体的にご提案します。
原 英文さん
株式会社長谷工コーポレーション
建設部門 建設BIM推進部 部長
中野 達也さん
株式会社長谷工コーポレーション
エンジニアリング事業部 BIM推進室 チーフ
稲垣 拓さん
itaru/taku/COL. ファウンダー
https://www.itarutakucol.com/
(モデレーター)
中島 貴春さん
株式会社フォトラクション
代表取締役 CEO
https://www.photoruction.com/corp/
石原 隆裕さん
シンテグレート
http://www.syntegrate.build/ja/home
暮らし情報を住まい情報と統合し、新たなサービスを創出
稲垣:
今回は都市・暮らしと最先端ICT技術の融合といった比較的広いテーマで話をお伺いできればと思います。長谷工さんでは、これに関して何かプロジェクトが動いていたりするのでしょうか?
中野:
昨年、「HASEKO BIM&LIM Cloud」というコンセプトを発表させていただきました。LIMとはLiving Information Modelingの略で弊社の造語です。住まい(建物ハード)の情報であるBIMに対し、LIMは暮らし情報のことです。空調、配管、外壁といった建物や設備の状態、集会室、キッズルームといった共用空間の利用状況、人の動きなど、暮らしに関する様々な情報を、建物に組み込まれた様々なセンサーで収集し、住まい情報と併せてクラウド上で一元管理して分析します。それによって、住民の方々に何か新しいサービスを提供できるのではないかと考えています。
「HASEKO BIM&LIM Cloud」のコンセプト図
出典:長谷工コーポレーション
原:
例えば、水の流量を常時モニタリングしていれば、配管に水漏れが発生した時に、BIMのデータと照合することで水漏れ位置を割り出せる。管理人さんには、AIを使って「ここのバルブを閉めてください」と通知できる。海外では、こういうプラットフォームを運用しているビルが既にあるそうです。これをさらに進化させれば、壊れる前に交換することもできるようになります。目指すべきはそういう方向ですね。
中島:
数多くの建物で様々なデータを集めて、事前にわかるようにするわけですね。
原:
そう。ビッグデータになると、「このメーカーの製品は、これぐらいの期間で壊れそう」とか(笑)、予想できるようになるのかなと。ただ、現在はそうしたデータが我々の手元に全然ないので、今後は、様々なデータをセンシングで集めていきたい。
中野:
弊社では現在、グループ全体で数十万戸の住戸を管理していますから、これらを広域でネットワークして、「HASEKO BIM&LIM Cloud」を住まい情報と暮らし情報のプラットフォームに育てていければ、コミュニティづくりや新しいサービスの創出に絶対に活かせると思っています。ある時、弊社の社長が社員に「米を売ってみてはどうか?」と言ったことがあります。「お米がなくなった」といったお客様の小さなニーズにも、玄関まで米をお届けするというきめ細やかなサービスで対応ができるはずだということで、実際にお米を作って販売するサービスを開始したんですよ。お客様の発する様々な暮らし情報に耳を傾ければいろんなことができるはず、ということを社員に伝えるシグナルだったと捉えています。
稲垣:
物流にも関わってくる話ですね。
中野:
そうです。例えば、最近、メーカーさんと一緒に戸別宅配のシステムを開発しました。宅配業者さんがインターフォンを鳴らすと、その情報がクラウド経由で受取人のスマホに通知され、出先にいてもエントランスのオートドアや宅配ボックスを解錠できるというシステムで、社会問題になっている再配達の削減に寄与します。既に「ルネ横浜戸塚」という案件に導入が決まっています。弊社はハードとソフトの両方のチャンネルを持っているので、それを活かした取り組みを、今後さらに進めていきたいですね。
「ルネ横浜戸塚」の各住戸の玄関前に設置される宅配ボックス(左が解錠前、右が解錠後)。大容量(約630L)で、複数の荷物の受け取りも可能
出典:長谷工コーポレーション
ライフスタイルをサブスクリプションで提供する時代へ
原:
ハード面に関していうとデータ化は問題ないのですが、ネックになるのは、やはり暮らし情報の部分です。例えば、給湯器の使用状況は個人情報になってしまうので、そのデータを集めるにはお客様の了解を事前に得る必要がある。既に住民がいるマンションでデータを集めるのはハードルが高いので、まだこれからですね。
中野:
個人情報の壁が存在するのは、お客様がマンションの所有権を持っているからではないかという話があります。そこで、マンションの所有権を弊社で持ったまま、そこで暮らしていただくことをサブスクリプションサービスとして提供してはどうかという話が、構想段階ですが、持ち上がっています。
石原:
賃貸とはどんな点で異なるのでしょうか?
原:
賃貸だと住居という“ハコ”だけをリースする形になりますが、サブスクリプションは住居とそこでの暮らしをリースするイメージ。「ここに住めば、こういう暮らしを体験できますよ。いかがですか?」という……。
石原:
なるほど。ライフスタイルそのものを提案すると。
原:
そう。最近、車が売れなくなったという話をよく聞きますが、その一方で、自分がやりたいことにはしっかりお金をかける傾向も見られます。モノを所有することに対するこだわりがなくなってきたように感じるよな?
中野:
ですね。例えばサブスクリプションサービスでは、「アスリートライク」なライフスタイルをご希望の方に「ランニングから帰って来るのを察知して、部屋を適温に冷やし、お風呂を沸かすサービス」を提供します。その他様々なサービスを提供するために「部屋の温度やエアコン・給湯器の制御、お客様のバイタル・位置情報などをクラウドで管理します」というコンセプトであれば、理解を示してくださる方も多いと思います。
稲垣:
30代以下の若い世代には、シェアオフィスやカーシェアリングなど、シェアリング文化が浸透しつつあります。サービスを利用できる代わりに何か情報を提供することに対して、若い世代ほどハードルが下がっているのではないでしょうか。
中野:
近い将来、自動運転が当たり前になると、車を所有する時代からシェアする時代になります。そうなると、エントランスの機能として車の待機スペースを充実させる代わりに、駐車場は要らなくなるでしょう。つまり、暮らしの変化が契機となってハードも変わっていくので、その変化にいち早く反応して、何かアクションを起こしていきたいと思っています。
築地跡地に望まれる街のイメージ
稲垣:
ありがとうございます。実は、第1部で出てきた興味深い話を踏まえて、次回の第2部では、旧築地市場の跡地に、最先端ICT技術が活かされた未来の街を提案する企画をやります。築地のストックの活用も含めて、どういった街のビジョンを描けば面白そうか、最後に皆さんのご意見をお聞かせください。
魚がまだ売買されていた頃の築地市場の写真(赤い枠で囲まれたエリア)。面積は約23ha。跡地の再開発に関しては、2019年3月、東京都が「築地まちづくり方針」を策定・公表した
出典:国土地理院の空中写真をもとに加工
中野:
私が築地に持っているイメージは、魚河岸で行われていた魚介類の競りに象徴される「活気」と「伝統」です。「活気」や「伝統」を伝えつつ新しい暮らしやコミュニティにもつながるようなビジョンであってほしいですね。親水空間を活かし、海とのつながりが感じられるアクティビティも取り入れてほしい。
稲垣:
おっしゃるように、築地はこれまで魚河岸が「活気」の種になってきました。それがなくなってしまったので、跡地に何が建つかは地域住民の死活問題になっています。
原:
築地場外市場は、意外と来客数が落ち込んでいないようですよ。外国人観光客は相変わらずたくさん来ているようですし、集客能力がある。築地の使い勝手がいいからだと思います。銀座という昔ながらの街から近いし、環状2号線が暫定開通したことで、お台場などの新しい街とも近くなった。そういう土地柄でしかできない何かがあるのではないでしょうか。
石原:
築地の近くには銀座やお台場などいろいろ面白い街がありますが、公共交通面から考えると、実は意外と行きづらい場所ではないかと思います。近い将来、スマートモビリティ、ドローン、さらには自動運転車など、新しい移動手段が出てきます。新しい移動手段を絡めれば、物や人の移動がもっとスムーズになり、築地が周辺の面白い街に移動するためのターミナルになるかもしれないですね。
原:
築地から30kmの圏内には面白い街が多いので、築地は様々な交通機関の起点になりますよね。
中島:
情報インフラとして、5G※1のことも考慮しておいたほうがいいと思います。5Gになったら、扱えるデータ量が増えるだけでなく、今までデータの伝送速度が遅くてできなかったことが、リアルタイムでできるようになります。
原:
大容量で遅延が少ないので、建設業界でも、例えば重機のオペレーターが家で操作する時代が来るかもしれません。人間にとって無駄な移動時間がなくなり、働き方が変わるのではないか。働き方が変わると街も変わるでしょう。5Gにはそういう魅力がありますよね。
中島:
テレビ会議でも、相手がその場にいるような臨場感を得られるので、コミュニケーションの仕方も大きく変わるのではないでしょうか。
稲垣:
BIMに対する取り組みに始まり、ICT技術の活用事例、最後は都市・暮らしに関する話まで、非常に幅広くお話しいただきました。個人的には非常に勉強になり、これまで出てきた話を踏まえて、次回の提案企画を考えていけたらと思っています。
皆さま、3回にわたりどうもありがとうございました。
※1 5G:5th Generationの略称で、第5世代移動通信システムのこと。超高速(最大100Gbpsで、現行のシステムの100倍)、超低遅延(現行の10分の1の1ミリ秒程度)、同時接続端末数の増加などが特長。国内では2020年に主要キャリアが商用サービスを開始する予定。
次回はいよいよ、築地を舞台に未来の街をご提案します。乞うご期待!