シリーズインタビュー「ICT 技術とBIM」 vol.02
「データ」を持たない建築は
コンセントのない建築と同じ
BIMをはじめとしたICT技術が建築業界に与える影響について、若手建築家がIT業界の識者に
取材するシリーズの2回目は、gluonの金田充弘さんとRidge-iの小松平佳さんです。
両社は共同で、建築業界と画像解析や強化学習などのAI(人工知能)技術を
結びつけるビジネスを展開しています。
建築業界においてAIの果たすべき役割は何か。
また、BIMなどの建築データはAIを用いることでどのような活用ができるのかなど、
建築とAIの今後についてお二人に伺います。
金田 充弘(かなだ みつひろ)さん
gluon パートナー エンジニアリング・システム担当
<プロフィール>
1970年生まれ。1996年、カリフォルニア大学バークレー校工学部土木環境工学科修士課程修了。同年よりArupに勤務。2007年より東京藝術大学美術学部准教授。2017年よりgluonを豊田啓介氏と共同主宰。
https://gluon.tokyo/
小松 平佳(こまつ たかよし)さん
株式会社Ridge-i 取締役副社長 ビジネスストラクチャリング統括
<プロフィール>
1981年生まれ。早稲田大学理工学部機械工学科卒業。富士重工株式会社、ボストンコンサルティンググループを経て、2017年より、AI専門のベンチャー企業である株式会社Ridge-iに参画。
https://ridge-i.com/
◎インタビュアー
石原 隆裕氏(いしはら たかひろ)さん
シンテグレート
<プロフィール>
東大大学院工学系研究科建築学専攻 修了。株式会社山下設計を経て、2018年12月、BIMのコンサルティングを行う合同会社シンテグレートに入社。現在に至る。
http://www.syntegrate.build/ja/home
建築業界におけるAIの役割とは
石原:
最初に、両社が共同でビジネスを展開するようになったきっかけとその概要についてお伺いします。
金田:
Ridge-iさんはAIのスペシャリスト、gluonは建築・都市のスペシャリストで、共同プロジェクトではAI技術を建築・都市ドメインに適用することを目指してます。AI技術は今後、建築業界で間違いなく必須になっていくと思いますが、現在のところ、建築ドメインの知識を持っているAIのスペシャリストはいませんよね。そこで、我々とAIベンチャーさんが連携すれば、できることが必ずあるよねと考えたわけです。
小松:
僕は、以前からgluonの個人的なディスカッションパートナーでしたが、Ridge-iのAI技術とgluonの建築系技術基盤が組み合わさると、もっと面白いことができそうだと考えました。それがきっかけですね。Ridge-iでは、画像からクレーン部分を認識するといった画像処理システムも作っていますが、共同プロジェクトでは、このような技術をもとにして、AIの会社さんが深層学習(ディープラーニング:DL)※1を用いて画像解析を行う際に必要な学習データセットを提供するなどをしています。ほかには、LiDAR※2などで得られた点群のデータを、自律走行に使えるデータに効率よく変換する研究や、AIを使った建築業界の課題解決コンサルティングもやっています。
3Dデータを活用して、クレーンを検出するための学習データを自動生成した例
出典:Ridge-i + gluon
石原:
今はAI流行りで、AIがバズワード化しているように思いますが、実際のところ、どうでしょうか?
小松:
確かに、Excelでできるようなことまで、十把一からげで全部AIという感じになってますね。
金田:
コンサルティングの際には「AI/IoTで何ができますか?」とよく聞かれますが、最初に、「AIを使う必要があるかないか」という整理から入ります。特に設計の部分は、あらかじめ処理規則を決めておけば解決できてしまう──いわゆるルールベースでツールを作るだけで実現できるものも多い。それに対して、人の流れなどを分析する画像解析、動画解析となると、機械学習(ML)・深層学習(DL)は非常に強力なツールになってきます。ここはルールベース、ここはML・DLという仕分けがとても大事です。
小松:
AIは予測問題でも力を発揮しますよね。
金田:
そうですね。建物の中だけに限らず、建物の外まで範囲を広げて計測すると、いろいろなことができるようになります。例えば、建物や敷地に入る前から、どういう属性の人が、どのくらい、どういうペースで入ってくるのかを把握すれば、エレベーターを事前に呼び出すこともできます。海外では、ある場所に集まった人の数を測り、何分後かに人があふれるとAIが予測すると、エスカレーターを意図的に止めて、流れてくる人を抑制する事例もあります。
オリンピックなどでは、試合が終わった時に複数会場の観客が一気に出てきます。観客が1箇所に集中するという予測が立つ時には、ある会場の人に、「こっちでイベントをやります」とアナウンスして集中しないようにする。このような混雑回避にAIによる分析結果を組み合わせて使うこともできます。それを都市レベルでやる場合は、なるべく範囲を広げて、計測データをもとにAIで予測する。この分野はすごく面白いと思いますね。
※1 深層学習(ディープラーニング):人間の脳を模した多層のニューラルネットワークでコンピューターに学習させる機械学習の一手法。
※2 LiDAR:対象に照射したレーザーの反射光を計測して、対象までの距離や方向を計測する技術で、3Dスキャナーにも活用されている。
AIが学習を行うための教師データの作成にBIMを活用
「デジタル芸大」プロジェクト
gluonでは、3次元測量のクモノスコーポレーションと東京藝大建築科金田研究室とともに、東京・上野にある東京藝術大学のキャンパスをデジタルスキャン。レーザースキャナーによる実測に基づく点群データを作成した。
出典:gluon + kumonos
金田:
我々はパーソナルモビリティや警備ロボット、自動配送ロボットなど、車道を走らない自律走行エージェントにも興味を持っています。そこで、これらが移動する都市や街といったスケールのモデル──いわゆるシティモデルに近いものも共同プロジェクトの対象にしています。レーザースキャンした3D点群データを作って、それをもとにBIMデータ、サーフェスデータを生成するのですが、こうしたデータは自律走行エージェントをトレーニングするための「教習所」的なものとして使われます(コラムを参照)。
石原:
自律走行エージェントが路上でいきなり事故を起こさないようにするために、学習データを提供するということですね。
小松:
そうですね。東京の公園でのんびりオリンピックの試合を観戦している時、「ビールが飲みたい」と思ってスマホで注文したら、それを持ってきたのが自動配送ロボットだったというのは面白くないですか?
石原:
面白いです。しかし、それは今ある測量のデータでは不足しているのでしょうか?
小松:
座っているところまでの配送だとすると解像度が不足していますよね。公園の中でつまずいてしまう。複数の自律走行エージェントを効率的かつ安全に走らせるには、BIMデータだけじゃダメだし、点群データだけでもダメだと考えています。点群データがあった時に、ディープラーニングを使って点群をどう認識するかを極めるのがRidge-iなのに対して、点群データをBIMデータと組み合わせることで適切なラベリングを行い、使いやすい空間マップを作るのは、gluon側のノウハウです。共同プロジェクトで志向しているのは、この2つを組み合わせて、自律走行エージェントが世界中を動き回るための基盤を整備することです。
金田:
位置データに対して、「これは何」「これは何」という属性をつけていくのは、まさに3Dのアノテーションだと思います。3Dのアノテーションが2Dよりも難しいのは、認識対象がより複雑なことです。現実の世界をデジタル化したあとに「それは何か」を認識させることは、AI技術が最も力を発揮できる分野のひとつだと思います。この時、BIMデータと、点群データを変換したものとを使って、角度や背景の組み合わせを変えながら学習データを作ると効率がいいんです。なぜなら、「それは何か」に対する正解がBIMデータの中にありますからね。アノテーションなど、AIの学習用のデータとして使える状態に加工する前処理は大変な作業ですから、そこにBIMデータを活用するのは理にかなっているんです。
建築や建設の現場で検出したいものはたくさんあるので、3Dモデルをうまく使ってアノテーションを行い、「AIのエサ」となる、属性のついたデータのセットを作って提供することも考えています。もうひとつ考えられるBIM活用の美しい世界像は、企画・設計・施工・運営・管理まで、全部のフェーズで同じデータをベースに回していくことです。
石原:
いわゆるPLM──Product Lifecycle Management──は、やりたいという人がいますし、メリットは絶対にありますよね。
金田:
将来的には、個々の建物に、その建物固有のAIオペレーターがインストールされるようになると思います。AIオペレーターをBIMモデルを使ってトレーニングしておき、それを実際の建物にインストールして、リアルデータをとりながら再学習させていく。このAIオペレーターが、各建物のライフサイクルを管理していくのではないでしょうか。
-COLUMN-
機械学習・深層学習を行う際に必要なデータとは?
AIが周囲の状況を認識するためには、カメラに映る画像を見て「それが何か」を認識する必要がある。AIにこうした「モノを認識する能力」を持たせるには、実際の画像データに「これは街路樹」「これは信号」「これは人間」「これは建物の入口」といった属性情報も持っている「教師データ」を作成し、そのデータをもとに学習を行う必要がある。
学習データを作るために属性を付加する作業をアノテーションと呼ぶ。
現在、アノテーションは膨大な手作業で行われることも多いが、BIMを活用することで効率化できる場合がある。
建物がデータを持たないことは社会損失につながる
石原:
建物の補修までタイムスパンを広げた場合、AIの具体的な活用先として、ほかに何が考えられるでしょうか?
小松:
メンテナンスでは異常検知に使えますね。部屋のきれいな状態を撮っておいて、それと現在の状態を比較して、壊れる予兆を捉えたり、壊れたことに気づいてメンテナンスを促したり。
金田:
土木では、ひび割れの早期発見などに活用され始めてますよね。建物でもできると思います。BIMデータには、スキャンデータと違って、見えない構造の部分のデータも入っています。内部構造がわかるBIMのデータと、外から見える変形の兆候とを関連づけると面白いと思います。
小松:
最近、自宅をリフォームしたのですが、図面もBIMなどのデータもないので、リフォーム業者さんに「開けてみないとわかりません。キッチンの位置はずらせないかもしれません」と言われてしまいました。これを聞いた時、「もう少しコンシューマーフレンドリーにならないのか」と思いましたね。「図面がないって、どういうこと?」って……。
石原:
データがあること自体が、建物の付加価値になるといいわけですよね。
小松:
そう! まさにそうなんですよ。僕は、建物はコンセントと同じように、データも持つべきだと思っています。将来、自律走行エージェントなどの便利なソリューションが出てきた時、「建物のデータがない場合は、1億かけてデータを作らないといけませんが、データがある場合は、1000万で新サービスを導入できますよ」となったらどうなるか。やっぱり、データがある建物の方が競争力や付加価値につながると思うんですよね。みんな、コンセントのないマンションは絶対買わないはずです。それと同じで、将来データを持つことがインフラ化した時に、「このマンションはデータがないので、自動配送ロボットや警備ロボットなど新しいサービスは導入できないです」となったら、そんなマンション、誰も買いませんよね。
金田:
エレベーターもそうですよね。例えば、自動配送ロボットとコミュニケーションできるエレベーターは、今の東京にはほとんどないそうです。「既存のエレベーターに後付けで通信パッケージを設置すれば、自律走行エージェントと組み合わせて使えますよ」というふうになればいいと思うんですが……。
小松:
住宅や建物が、様々なサービスを導入する際の基盤データを最初から持っているのが当たり前になるんじゃないかと思っています。そういう世界にならないと。自動配送ロボット、清掃ロボット、警備ロボットなど、目的別に多くのロボットが実用化された時に、そのためにわざわざデータを作り直すのは社会損失です。元の建物データがあれば、単体のロボットの製造コストがすごく下がりますよね。わざわざスキャニングする必要がなくなる。
その時のデータをBIMと呼ぶかどうかはともかく、建物はデータを持つべきです。そして、建物のデータとはどんなデータのことで、それが存在するとどういう世界が実現するか、「解像度」を上げて考えるのが大事ではないでしょうか。僕は、「解像度」を上げて考えた結果、やはり世の中の建物は、コンセントと一緒で、データを持つべきだという結論に至った。だから共同プロジェクトを始めたんです。
石原:
興味深いお話の数々、どうもありがとうございました。
次回から、BIMが抱える課題とその解決法や、ICT技術で変わる建築業界・都市の姿を有識者が探る、
新しい座談会記事の連載が始まります。乞うご期待!