「日常茶飯事」という言葉があるように、日本人の暮らしに密接な関係がある日本茶。テアニンなどのアミノ酸やカテキン、ビタミンCなどを摂取できることから、近年は健康効果の面でも注目されています。さらに、同じ茶葉でも淹れ方によって、味も成分も変わります。今回は日本茶の効能から効果的に成分がとれる淹れ方などを、その名も「お茶博士」、大妻女子大学名誉教授の大森先生に詳しくお聞きしました。

大森 正司先生
profile●大妻女子大学名誉教授。「お茶博士」とも呼ばれる日本の食物科学者。NPO法人日本茶普及協会理事長、日本食行動科学研究所理事、お茶料理研究会事務局長、茶需要拡大技術確立推進協議会会長などを歴任。2021年、瑞宝小綬章受章。著書:「緑茶の驚くべき効用 飲んで食べて活かす」(チクマ秀版社)、「お茶の科学」(講談社)など
●早速ですが、日本茶の効能について教えていただけますか。
お茶には、アミノ酸が豊富で、他にもカテキンやカフェイン、ビタミンCなどさまざまな健康効果が期待できる成分が多く含まれます。テアニンというアミノ酸は副交感神経に作用してリラックス効果があり、睡眠の質を改善し、ストレスを緩和する働きがあります。味もコクがあっていわゆる出汁のようなうま味が感じられます。GABAというアミノ酸は、高めの血圧を下げる効果や、肝臓でのアルコールの分解促進、さらには認知症予防にも効果があることが判明しています。緑茶の乾燥茶葉100グラムあたりの含有量で一番多い成分のカテキンは、抗酸化作用が強く、がん抑制効果をはじめ、血中コレステロールや血圧を抑えるなどさまざまな健康効果があります。

●日本茶の健康効果は、淹れ方によっても違いがあるのでしょうか。
お茶の種類にもよりますが、浸出方法によっても抽出される成分が違ってきます。一番出回っている煎茶でいうと、水に浸すと最初に溶け出してくるのがテアニンで、これを効果的にとりたいなら水出し緑茶がいいです。ぬるめのお湯ではカテキン、熱湯ではカフェインが多く出てきます。実はカテキンは、元々はテアニンなんです。茶樹の根っこでできたテアニンが茶葉にどんどん溜まっていく春先に、光が当たるとカテキンに変化していくんです。テアニンが多いと上品なうま味がある高級な玉露や抹茶用の碾茶の茶葉になります。そのため玉露や碾茶用の茶葉は収穫する20日ほど前から光を隠すように被覆するわけですね。ただ、煎茶でも水出しにすると玉露のようにテアニンが多いうま味のあるお茶がいただけます。最初から熱湯を注ぐとカテキンやカフェインなども一緒に出てしまい、テアニンの抽出量が減ってしまいます。ですので、カフェインを一気にとりたい場合は、初めから熱湯を注ぐといいですね。
- がん、高血圧、動脈硬化を予防
- 茶に含まれるカテキンには、がんや高血圧、動脈硬化を引き起こす活性酸素を除去する抗酸化作用があります。
- 風邪などのウイルスをブロック
- 鼻や喉の粘膜細胞に付着したウイルスをカテキンが阻止する働きがあり、感染予防効果があります。
- つらい花粉症の症状を軽減
- カテキンには花粉症やアトピーなどのアレルギーを引き起こすヒスタミンの分泌を抑える働きがあります。
- 運動前に飲んで、効率よく脂肪を燃焼
- 茶に含まれるカフェインが中性脂肪を分解し、エネルギーに変えるため、運動の20~30分前に飲むと脂肪燃焼に効果的です。
- 美肌に効果的
- 茶に含まれるビタミンCがメラニン色素の生成を抑えシミをつくりにくくするとともに、βカロテンが肌の再生を促して肌荒れやシワの予防に効果的です。
- 虫歯を防ぐ
- 茶に含まれるフッ素がエナメル質を溶けにくくし、歯の表面を修復するため、食後に茶を飲むと虫歯予防に効果的です。

大森先生の事務所に掲げられていた「茶十徳」は、茶を日本に広めた栄西禅師の弟子、明恵上人(みょうえしょうにん)が鎌倉時代に唱えたもの。
●そもそも先生が「お茶博士」と呼ばれるほど茶に造詣が深くなられたきっかけは何だったのでしょう。
考えてみればやはり人との出会いですね。私が東京農業大学の学生だった頃、世の中では水俣病が社会問題になっていました。人が作ったもので人が苦しまないよう、私はアミノ酸に着目した毒性の少ない農薬の研究を始めました。卒業後もその研究を続けていくつもりでいたんですが、先輩からの誘いをどうしても断りきれず働くことになったのが大妻女子大学でした。そこでニオイ研究の第一人者の先生の手伝いをすることになったんです。すると先生からの命題で、なぜか紅茶の研究をすることに。静岡に行っては茶葉をたくさんもらって来て紅茶作りを始めました。紅茶も日本茶も同じ茶葉ですし、日本では1971年の紅茶の輸入自由化と共にほぼ紅茶が製造されなくなっていたのですが、これも製造方法を知るところからレシピを教えていただき、我ながらいい紅茶ができました。そうして気付いたら、紅茶以外の緑茶やウーロン茶などお茶全般に深く関わるようになっていたんです。ですから、お茶との出会いは人との縁から。お茶自体も人と人をつなぐ交流の場に欠かせないものです。中国や台湾などアジアや英国でもお喋りや社交の場につきものですよね。私も定期的にお茶の勉強会を開催していますが、それもお茶好きが取り持つ縁ですね。