高畑さんのデスクの引き出しを少し拝見。自作のパーツで文房具が綺麗に収まっている。
編集:有限会社バース
仕事や学習といった社会生活になくてはならない文房具。さまざまな「こと」・「もの」がデジタルに置き換わっていく昨今でも、魅力的な新商品が次々と開発・販売されています。商品によっては熱狂的なブームも起きる今の状況から、これからの文房具のあり方などを探ります。今回は、「文房具のことならこの方に聞け!」と言われるほどの知識の持ち主“文具王”こと、高畑正幸さんにお話を伺いました。
“文具王”こと
高畑正幸さん
Masayuki Takabatake
profile●1974年香川県生まれ。図工好きの小学生時代から文房具に興味を持ち、大学では機械工学を学ぶ。好きが高じてテレビ東京の『TVチャンピオン』全国文房具通選手権にて3連覇し、「文具王」と呼ばれる。文具メーカーのサンスター文具にて13年間勤務。商品企画、マーケティングに携わる。退社後は文具に関する執筆や著書出版、メディアへ出演、文具イベントなどで幅広く活動。文房具の情報サイト「文具のとびら」の編集長。公式note 「文具王 高畑正幸」/YouTubeチャンネル「高畑 正幸」。
── 高畑さんが“文具王”になられたいきさつや現在の活動などを教えてください。
私は小学生の頃から図画工作や理科が好きで、理科の実験で水の対流の様子などをノートの中に再現して、「動くノート」を作ったりしていました。中学ぐらいからは同人誌のようなもので文房具のコラムを書き始め、大学時代にそれをホームページで紹介していたらTVチャンピオンという番組に出ることになったんですね。そこで文具メーカーの方から声をかけられ、13年間そのメーカーで勤めました。今は文房具のウェブメディアの編集長をメインに、商品開発やコンサルティングなどを行っています。
高畑さんが中学生時代に書いていた学校新聞。「あまり読まれていなかったので、だったら自分の好きなことを!」と執筆。図解されたイラスト入りでわかりやすい。
── 文房具もさることながら、蔵書も数多いですね。
子供の頃は読書と社会科が嫌いだったんですが、文房具がどうやって作られたのかなど調べているうちに、歴史の流れが見えてきて、読書も歴史も好きになって…。おかげで歴史や文化も、文房具を通して語れるようになりました(笑)。当然ですが、文字を持つことが文明の主な成立要件の1つだとするならば、文字を記録する道具、即ち文房具は、多くの文明とともにあったと言えます。最初はその土地の身近な物が材料になり、メソポタミア地方では粘土板に文字を刻み、エジプトの水草から作られたパピルスは地中海地方で広く使われ、後に羊・山羊・牛などの皮をなめした羊皮紙(獣皮紙)などが書写材として使われます。2世紀初頭に中国で発明された紙は、シルクロードを通って12世紀頃ヨーロッパに渡ります。15世紀に活版印刷が発明されると、古典や聖書がたくさん刷られるようになって宗教改革にもつながります。鉛筆の起源は、16世紀にイギリスの鉱山で黒鉛が発見されたことに遡ります。黒鉛を細く削り、木に挟んで使う鉛筆は、それまでのインクを浸して書く付けペンに代わる画期的なモバイルツールでした。しかし、フランス革命後、対仏大同盟によって孤立したフランスは軍事的にも重要な鉛筆をイギリスから入手できなくなり、代用品を作る必要に迫られます。そこでコンテという人が発明した芯の製法が今の鉛筆の基礎を作りました。そろばんも文房具の一種ですが、中国の古いそろばんは上が2個、下が5個の7つ玉でした。それは中国の通貨が16進法だったからです。日本は明治時代になって通貨の単位が円で10進法になり、昭和になってようやく今の1個と4個の形になったんです。そういう流れを知ると、文房具が世界の歴史に連動した人間の知恵の結晶だということがわかります。連綿と続く人間の暮らしの中で発展してきたんですよね。
── 日本の文房具の歴史はどうなのでしょうか。
中国から日本に紙が伝わったのは、ヨーロッパより600年ほど早い7世紀初頭です。日本は地理的に紙の原料となるきれいな水や植物が多く、良質な和紙が比較的安価に作れたことで、庶民にも読み書きが広まりました。島国のためさほど大きな動乱がなかったことや、世の中が落ち着いている江戸時代が長かったことで、紙を使った文化が発展してきました。瓦版や浮世絵が印刷され、障子にも傘にも紙が使われ、子供たちの遊びにも紙が使われました。紙は日本人の万能材として貢献してきたんです。ここに、幕末に黒船がやってきて、日本にそれまでなかったような文房具が欧米から一気に流れ込んできます。日本はここから急激な近代化へと向かうわけですが、海外から入ってきた文房具を貪欲に取り入れ、見様見真似で模倣し、改良を施して、いつしか世界的にも有数の文房具大国になっていきます。
壁一面のクリアケースには、種類別にラベルが貼られ、さまざまな機能や年式の文房具が詰まっている。膨大な数の文房具が見事に整理整頓されている。
── 確かにそうかもしれませんね、世界でも日本の文房具が注目されていると聞きました。
世界にも文房具の有名なブランドはありますし、新しいデザインも出てきますが、ここ20〜30年で画期的な新商品ってほとんど日本からしか出ていないと思うんです。海外では「もう大体デジタルでいい」という風潮ですし。その点、日本は変なところにこだわり続けているのかもしれませんが、文房具の世界で最先端をずっと追い続けています。たぶん世界ではガラパゴスって言われるんですけど(笑)。書き心地や手ざわりのわずかな違いにこだわり、小さな工夫を詰め込みますし、消費者もその違いを理解して選びます。いろんな意味で日本には、文房具に対してポジティブな素地があるんです。例えば、三菱鉛筆の「ジェットストリーム」なんかは、多分世界でも今一番評価が高いボールペンと言って良いと思いますが、当初発売されたのは150円の普及品で、高級ボディが出たのは普及してからです。最先端の技術が一番安い普及品に投入される。そういう作り方は、貴族文化ではあまり見られません。開発の方向性が全く違うんです。
── ところで、日本の文房具の現状はどうなっているのでしょう。
学童人口が減っていますし、デジタル化もあって、ノートやファイルなどは売り上げが減っていますよね。かたや、市場では、インクやガラスペン、スタンプなどが人気ですし、数万円もする高級シャープペンシルを小中学生が買っていたり、可愛らしいぷっくりした透明立体シールが爆発的なブームで、入手のために長蛇の列ができたりしています。どちらかというと趣味的な要素が高くなっているようです。また、SNS時代を反映して、見た目や使い勝手が面白く、自分でも使ってみたいと思わせる力が強いものが売れますね。
2016年〜2025年の文具生産動向データ。出典:経済産業省生産動態統計年報より抽出。

