MENU

よくわかるエレベーターと建物のこと

エスカレーターの不思議(後編)
ちょっと変わったエスカレーターとエスカレーターの安全対策

誰もが一度は乗ったことのあるエスカレーター。前編はエスカレーターの仕組みや正しい乗り方、緊急時の安全対策などさまざまな疑問について東芝エレベータの吉田雅人さんに聞きました。
後編では、引き続き吉田さんがちょっと変わったエスカレーターや最新技術を紹介します。

吉田よしだ 雅人まさと さん
東芝エレベータ株式会社
技術統括部
商品技術企画部
参事

2003年鳥取大学大学院工学研究科機械工学専攻を修了後、東芝エレベータに入社。エスカレーター開発、エレベーター開発を経て、現在は商品技術企画部に所属。エスカレーターおよびエレベーターの商品企画業務に従事している。昇降機等検査員、日本機械学会会員。

いろいろな場所に設置されたエスカレーター

──上っている途中で平らになり、その後再び上りはじめるエスカレーターを見かけることがあります。こうしたエスカレーターはやはり特殊な対応が必要となり、実現するのは大変なのでしょうか。

吉田実は、それほど特殊なエスカレーターというわけではないのです。前編で説明したように、エスカレーターの勾配は踏段が走行するガイドレールの位置関係を変えることで調整が可能なので、中間部分が水平になったエスカレーターは比較的簡単にできるのです。設置を希望される方はぜひご相談いただきたいと思います。

──屋外エスカレーターについてはどうでしょうか。

吉田屋外に設置する場合は、雨水への対策が必要になります。エスカレーターは鉄製の部品をたくさん使っているので、サビが発生しないよう塗装を厚く塗ったり、メッキに変えたりする必要があります。電子部品も防水性能のあるものを使います。

──内部にも雨水が入らないようにしなければならないですよね。

吉田機械室に水が直接入らないよう、ふたにカバーを追加するなどの工夫をしますが、周辺からエスカレーター付近に雨水が集まってくるような状況だと限界があります。エスカレーター周辺の床面に、機械室側に流れ込まないように勾配をつけていただくとか、機械室に流れ込んでしまった雨水を排水する設備を設けていただくなど、建築設計側のご協力も必要になります。

エスカレーターをキラキラ輝かせることは難しい?

──屋外となると、やはりさまざまな工夫が必要になるわけですね。サビに強い素材という話題が出ましたが、踏段が金色だとか、透明だとか、光るとか、そうした変わった素材を使うことはできるのでしょうか。

吉田踏段にはたくさんの人が乗ります。ほこりや衝撃などへの耐性が必要となることから、素材についてはアルミニウムやステンレスなどに絞られてしまいます。透明素材や木製などの踏段は難しいですね。色については、はがれにくさなど塗料の性質に適用条件が発生しますが、通常黒色の塗装色を変えることで対応できます。
 踏段全体を塗るのではなく、ラッピングを施工することもできます。足型をラッピングすることでフィジカルディスタンシング(ソーシャルディスタンス)の確保をうながしたり、踏段の立ち上がり部分であるライザーに注意喚起メッセージを掲示したりといったことも可能です。
 ラッピングは移動手すりや乗り口、降り口の乗降板にも施工できますので、こちらもぜひご相談いただけたらと思います。

エスカレーターラッピングの事例。デザインした専用のフィルムを貼り付けるだけで、エスカレーターにオリジナルの広告や注意喚起表示をつけることができる。

──エスカレーターの移動手すりや踏段が光ると楽しいと思うのですが、可能でしょうか?

吉田移動手すりのベルトは、専門のベルトメーカーが製造しているものを適用しているので、そのような特殊なベルトを作りたいと思っても、弊社だけでは実現できません。ベルトメーカーと共同開発するなどの大掛かりな対応が必要となり、正直なところ難しいですね。
 一方踏段ですが、電飾をつける場合、光源(LEDなど)をどこに収めるか、さらにどのように給電するかといった問題があります。そこで、エスカレーターを光らせる場合には、踏段そのものに照明を取り付けるのではなく、踏段の一部をアクリルなどの透明な素材にしたうえで、踏段の裏側から照明で投影するといった方法が考えられます。
 実際に、大阪市梅田のハービスENTや福岡県福岡市の天神MENTではこの方法で光らせています。また、ハービスENTのエスカレーターは、ガラスパネルに移動手すりと連動して動く車輪をモチーフとした円盤があしらわれている楽しいデザインになっています。


ハービスENT エスカレーター・3階のりば

天神MENT エスカレーター(踏段下照明)

安全に景色が楽しめるエスカレーター

──エレベーターの場合、シースルーなど展望が楽しめるものも多いですが、エスカレーターはどうでしょうか。

吉田大阪の梅田スカイビル展望台の空中エスカレーターはいかがでしょうか。

──2棟の超高層を連結して作られた空中庭園で有名なビルですね。「ラピュタ」をイメージしたともいわれています。

吉田空中庭園展望台に行くには、35階までエレベーターで昇り、そこから長さ約45mの空中シースルーエスカレーターに乗り換えます。地上130mから150mの空中に浮かぶガラス張りトンネルをゆっくり進むエスカレーターはまさに空中散歩。ふわふわと浮かんでいるような高揚感と非日常体験を楽しむことができます。


空中に浮かぶエスカレーターは、大阪の街を見下ろす絶景ポイント。

──すごい体験になりそうですね。大阪に行った際には、ハービスENTとともにぜひ訪れてみたいと思います。

エスカレーターのさまざまな安全対策

吉田一方、非日常体験とは違った意味で工夫されているのが羽田空港第3ターミナルのエスカレーターです。京浜急行電鉄羽田空港第3ターミナル駅と出発ロビー・到着ロビーを直通で結ぶエスカレーターで、かなりの高低差があります。前編でも触れましたが、エスカレーターの勾配は通常は30度なのですが、このエスカレーターは勾配が25度と少し緩やかになっています。
 勾配が緩やかになっていることで、乗客の恐怖心をやわらげる効果があり、これから空の旅に出かけるお客さまにストレスなくお乗りいただけるのではないかと思います。さらに、このエスカレーターには、衣服の巻き込みを防止するスカートブラシ ディフレクターも設置されています。

スカートブラシ ディフレクターは、スカートガードに沿って設置したブラシ状のガード。長靴や樹脂サンダルの挟まれを防ぐことができ、また衣類の巻き込みを防ぐ効果もある。
羽田空港第3ターミナル駅 出発・到着ロビー行エスカレーター
スカートブラシ ディフレクターは、スカートガードに沿って設置したブラシ状のガード。長靴や樹脂サンダルの挟まれを防ぐことができ、また衣類の巻き込みを防ぐ効果もある。

──細かいところまで配慮が行き届いているわけですね。他にエスカレーターの安全に関する新技術があれば教えてください。

吉田エスカレーターでの利用者事故のうち救急車の出動要請がかかるのは、ほとんどが転ぶ事故と落ちる事故によるものです。そこで東芝エレベータでは、転倒時のケガのリスクを軽減するため、踏段の先端部(角部)に緩衝材を用いた踏段を適用しています。
 もちろん、単に柔らかくするだけでは強度が不足しますし、変形による挟まれも発生しやすくなります。必要な強度を保ちつつ、通常より柔らかい材料にできないかということでたどりついたのが現在基本仕様で適用している「先端部に緩衝材を用いた踏段」で、特許も取得しています。
 従来の素材では、例えば利用者が転倒して、踏面に対して45度の角度で踏段の先端部に頭部をぶつけた場合、軽度の頭部損傷発生確率が90%だったのが、緩衝材を用いることで40%にまで低下します

※軽度の頭部損傷:意識障害のない頭部の外傷、歯や鼻の骨折と顔表面上の外傷


踏段の先端部に緩衝素材を採用した。

踏段先端部にガラスコップを落とす実験を行い、緩衝材を使うことで損傷リスクを大きく軽減できるという結果が得られた。

──今日は貴重なお話をありがとうございました。

吉田このほかにもご紹介したいエスカレーターはたくさんありますが、またの機会に。これからも安全安心を第一に研究開発に努め、お客さまのご要望にお応えしていきたいと思います。

次回は「磯達雄・宮沢洋が送る名作映画・ドラマの隠れた「主役たち」(第3回)」です。
乞うご期待!