
●おすすめの映画鑑賞の方法は?
私はやはり映画館で観るのをおすすめします。わざわざ出かけるのは面倒という人もいるかもしれませんが、ちょっとおしゃれして電車に乗って、映画館に行く。それ自体が日常に彩りを添える幸せな体験です。誰かと待ち合わせて食事がてら、などもいいですね。互いに感想を伝え合うと、人と自分の捉え方や感じ方が違うことが分かります。人が自分とは異なる合理性で動いていることを知ることは、他者を認める一歩にもなると思います。違う考えを持った人を尊重する姿勢を一人ひとりが持つことは、分断や対立が激しさを増す今の時代にこそ、必要なことなのではないでしょうか。
そして、映画館で映画を観る最大のメリットは、集中して一つの作品に向き合えることです。映画館の暗闇に身を浸して、自分の知性・感性を研ぎ澄ましながら過ごす約2時間は、自宅で映画を観るのとは別次元の体験です。また、現代人はなかなか情報から自由になれません。自宅で配信作を自由に観ているつもりでも、自由だからこそついスマホを触ってしまいがちです(私も身に覚えがあります…)。それが、映画を映画館で観ることで、2時間ほどですが、雑多な情報から完全に自由になれます。デジタルデトックスしながら自分と向き合う贅沢な時間を過ごせる貴重な時間です。

映画好きが集まり、
こんな楽しみ方も!
知り合いの映画好きが集まって不定期に開催しているという「映画を観る会」。この時は映画『国宝』について大いに盛り上がったそうです。
●どうやって観る作品を選べばいいでしょう?
私が推奨するのは、信頼している人や尊敬している人のおすすめ作品を観ることです。そうすると、あの人が言うからには何かそれなりのものがあるのだろうと期待感も高まりますし、より集中して真剣に観たくなります。周りにいる映画好きな人、あるいは自分が気になっている人から聞くのもいいと思います。好きな映画を聞くと、その人の興味・関心や、その人らしさがだいぶ分かりますよね。また、私の場合は論文執筆などで行き詰まったりすると、よく「文献に呼ばれる」と言ったりするのですが、ふと手に取った本に閃きがあったりします。それと同じように、映画をたくさん観た経験や感動がストックされていると、人生で不意に起こるアクシデントにも咄嗟に対応できることがあります。自分の人生に伏線を張るという意味でも、興味の湧いたものや勧められたものを少しでも観ておくといいと思います。映画の鑑賞体験の蓄積は、のちのち大きな財産となるだろうと思います。
●最後に、これからの映画鑑賞で心がけると良いことは何でしょう?
今は動画制作の技術も進んでいますし、編集や演出、テロップの付け方一つで、人を誘導することができ、フェイク映像も出回る時代です。リテラシー的な面でもメディアをどこまで信じるかが問われています。昨今、デジタルネイティブである学生たちの関心も非常に高まっていますし、映像戦略に騙されないような見識を持つことは大切です。そのためには、結局のところ、自分の価値観や自分の軸、物事を判断する目を鍛えることが重要です。いろんなタイプの映画を観て、どんな技法を使って観客を盛り上げようとしているのかを分析する。ちょっと冷めた目で考えながら映像を観る経験を積み重ねていく。そうすることで培った感覚が、世の中を見るときのバランス感覚にうまくつながるといいのかなと思います。
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●ロスト・イン・トランスレーション … ソフィア・コッポラ監督。主演はビル・マーレイとスカーレット・ヨハンソン。東京で撮影された本作には、異国の地での出会いと別れの体験が静かに映し出されています。ハートウォーミングで穏やかな気持ちになりたいときにおすすめ。孤独な魂の邂逅(かいこう)を、ちょっぴりビターなテイストで描き出す、心が浄化されるような美しい作品です。
●パターソン … ジム・ジャームッシュ監督。アダム・ドライバー主演のアメリカ映画。主人公はバスの運転手。詩を書きためる生活をしていて、恋人と一緒に暮らす日常が淡々と描かれています。同じような日々の生活の中にも、ちょっとした違いがあって、それが映画という枠の中でとても美しく繊細に浮かび上がってくる作品です。
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●是枝裕和監督作品 … 『万引き家族』などに代表されるように、是枝監督の作品は庶民の生活を描きつつ社会の規範のあり方を問い直す姿勢に貫かれています。『誰も知らない』や『歩いても 歩いても』、『海街diary』などにも、一般的な家族像に収まらない居心地の悪さがあり、自分と違う人を知らず知らず排除してしまいがちだったりする、誰もがもしかしたら無意識のうちに持っているバイアスに思わず気付かされる瞬間があります。映画を観終わったとき、人によっては日常をもっと大事にしようと思えたり、逆に今の世界が急に窮屈に思えたり、世の中の問題や歪みに気付くきっかけにもなったりすると思います。
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●小津安二郎監督作品 … 私が一番好きな監督です。海外に行ったとき、まず日本映画で聞かれることが多いのは宮崎駿や新海誠といったアニメーションの監督、次いで小津安二郎や黒澤明、溝口健二といった巨匠について。小津監督の代表作『東京物語』は戦後の日本人のルーツを考えるうえでも必見の名作です。『彼岸花』や『秋日和』、『秋刀魚の味』といった晩年のカラー作品も見やすいのでおすすめです。あわせて、サイレント期の傑作『大人の見る繪本 生まれてはみたけれど』もぜひ。数十年やそこらでは変わらない人間の普遍性が感じられると思います。
今日何しようかな?と迷ったら、映画鑑賞を選択肢に入れてみてはいかがでしょう。観るときっと良いことがあるはずです。