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よくわかるエレベーターと建物のこと

建築と暮らしはどう変わるのか?(後編)
商業施設やインフラ施設はソフトで対応

出典:国土交通省「2040年、道路の景色が変わる ~人々の幸せにつながる道路~」
https://www.mlit.go.jp/road/vision/01.html)

新型コロナウイルスは、人との接触が必要な飲食店や公共交通機関にも深刻な影響を及ぼしています。
建築を設計する立場から、この問題に対してどのように対処したらいいのでしょうか。
この座談会の後編では、設計事務所やコンサルティング会社、コミュニティ型ワークスペース会社に在籍する若手建築家3名が、新型コロナによる、商業施設やインフラ施設などの変化の可能性を展望します。

稲垣 拓 いながき たく さん (モデレーター)

itaru/taku/COL. 共同代表
https://www.itarutakucol.com/

東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修了。株式会社山下設計を経て、2017年itaru/taku/COL.を設立。

石原 隆裕 いしはら たかひろ さん

シンテグレート
http://www.syntegrate.build/ja/home

東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修了。株式会社山下設計を経て、2018年、合同会社シンテグレートに入社。

松井 一哲 まつい かずあき さん

WeWork Japan
SENIOR LEAD ARCHITECT

東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修了。株式会社日建設計を経て、2019年、WeWork Japan に入社。

変化が求められる飲食店のあり方

稲垣パンデミックによる建築の変化ですが、今回は商業施設やインフラ施設について考えたいと思います。
商業施設の中で、特に苦しいといわれているのは小型飲食店ですが、2年前に私が共同主催するitaru/taku/COL.で設計した「いづみtea&bar」という名前のお店は、クライアントの要望で「地域に開かれた空間」をコンセプトにオープンカフェとして使えるように作りました。もちろん、当時は新型コロナなどまったく想定していなかったんだけど、結果的に三密回避が可能で、昼も夜も営業ができました。ただ、日本の建物の形状や周辺の都市の状況を考えると、オープンにできるところは多くないよね。


折戸を開くことで、前面を開放できる「いづみtea&bar」
©itaru/taku/COL.

石原ケータリングを始めているお店もありますが、簡単ではないですね。

稲垣オフィスワーカー向けだったキッチンカーが、最近はマンションや住宅などにも出向いているよね。ノウハウを持っているところとタッグを組むのもあるかもしれない。


移動型店舗検索アプリ「SHOP STOP」は近くのキッチンカーが検索可能で、キャッシュレス決済にも対応。メニューや価格も表示される
写真提供:SHOP STOP

石原店舗では、お店の方と会話したり、寿司屋の大将が握っているところを見たりするのが楽しいですよね。バーの楽しみも、マスターと会話できることにあると思います。このような楽しみはケータリングではカバーできない。カウンターにシートを垂らしているところも多いのですが、話しづらいし見づらいんですよね。スーパーでも支払い金額が伝わらず困っています。マイクを付けたり、アクリル板を振動させたりするソリューションもあるそうですが、店舗の設計の仕方を変えるというのはあるかもしれない。

稲垣人との直接のやり取りが重要で、物理的な空間が必要だと、建築設計で改善する必要があるよね。

石原現状ではアクリルの仕切り板を追加するだけになっているカウンターのデザインが、間仕切りを含めて一体的な造作になるとか、建築やインテリアにも工夫の余地があるかもしれませんね。

松井僕の妻は「6curry」という会員制カレーコミュニティを運営しているんですが、会員制のメリットを活かして、店舗に行かずともオンラインでコミュニケーションをとったり、会員と一緒にコロナ時代にみんなが楽しめるコンテンツを企画開発したり、店舗対顧客だけではなく、顧客と一緒に店舗を作る飲食のあり方を考えています。このほか、アパレルブランドとコラボしてワンピースを作るなど、飲食以外にも事業の幅を広げているようです。


招待制・会員制サードコミュニティ「6curry」。ワークショップやカレーバトルなどのイベントのほか、メンバー専用SNS「ROOM」ではグループチャットやビデオ通話が可能
写真提供:6curry

稲垣1回食べて、お金を払っておしまいではなく、長い目で見てお客さんと関係性を結ぶわけだ。

松井ソフトで解決できることも多いですよね。虎ノ門ヒルズ ビジネスタワーの「虎ノ門横丁」は、LINEで公式アカウントを友だちに追加すると、トーク画面で店舗の整理券を発行して待機人数を確認できたり、持ち帰りメニューを選んで決済を行い料理完成の通知を受け取れたり、ふだん多くの人が使い慣れたアプリで利便性を向上するシステムを導入しています。コロナ禍では、在館者数をチェックし、人数が多すぎる場合はLINE上で整理券を発行して入場規制を行うなど、そのシステムを感染防止対策としてうまく役立てているようです。
建築の場合、新型コロナを考えて設計をしても、完成は数年後です。建設業界はトレンドの先端を読む業界ではないので、建築家は堂々と普遍的なあるべき建物の姿を考えていくべきではないでしょうか。

「虎ノ門横丁」では、入場規制時や順番待ち、商品の注文・決済にLINEを活用することで、密を回避できる(左はモバイルオーダー機能の画面)
写真提供:森ビル株式会社

稲垣確かにそうだね。ただ、社会変革が求められるタイミングなので、建築のあり方を根底から考え直してみるいい機会かなとも思います。

松井今回の教訓を長期的な視点で捉え、今後の建築計画や街づくりに活かそうと準備を進めることは可能だと思います。
コロナ禍になる以前から「スマートシティ」の構想は世界的に注目されていましたが、そのスマートシティの本質は、取得したデータを多面的に活用することで、都市レベルでの課題を解決し、より良い住民の生活を実現していくことだといえます。
パンデミック対策という観点で考えると、東京のような大都市では感染経路が不明な新規感染者も多いのが現状ですが、都市全体でデータを収集・分析できるシステムをつくることで、住民の移動履歴や接触履歴を正確に追い、感染ルートやクラスターを早期に特定し、対策を打つことも可能になると思います。コロナの感染拡大を機にマイナンバーカードの普及率は上昇していますが、サービスの利便性を実感することで、個人のデータを収集することへの許容度が日本でも高くなってきているのかもしれません。データの収集が必須であるスマートシティを実現していくには、良い契機なのではないでしょうか。

人の動き方が変わると都市の構造も変化する

稲垣駅や空港などのインフラ施設は、不特定多数の人が行き交って管理しにくいイメージがあります。これをどう改善するかも重要になってくるのかなと思っています。
接触人数を絞る方向では、ロンドンのヒースロー空港で使われている4人乗りポッドのような少人数のモビリティが考えられます。これが公共交通まで浸透していくと、都市はターミナルを中心とした同心円状のものではなく、核が分散し、歩いていける距離感でいろんなものが集積していく。それがサードプレイスになるんじゃないかな。近隣住区論※1の考え方がリバイバルしていくかもしれません。


ロンドン・ヒースロー空港でターミナルと駐車場を4人乗り電動車で結ぶPRT(個人用高速輸送)システム「ヒースローポッド」
©Skybum(CC BY 3.0

松井星野リゾートの星野佳路さんは、わざわざ遠くに行くのではなく、近くの良いところを再発見するマイクロツーリズムを提唱されていました。これまでとは逆の動きで、面白いですよね。
確かに近場というのは、何かしら魅力があっても「いつでも行ける」と内心思ってしまっていることも多く、自然などの景色、祭りなどの文化、特産品を使った料理なども含めると、体験できていないことはまだまだ多いように思います。

マイクロツーリズム(ふだんの活動範囲を越えるものの、
国内旅行と呼べるほどの距離を移動しない旅行)の伸びが予測される
写真提供:星野リゾート

石原空港も今までは都市に近いほうがいいと考えられていました。成田も東京から遠すぎるといわれていたのですが、新型コロナ対応で2週間隔離する宿泊所を作るなら、羽田より成田の方が優れてますよね。

稲垣インフラのノードが、出入りだけではなくバッファーの機能を持つようになるというわけだね。

石原都市へのアクセスの良さがすべてだったのが、これからはバッファーを豊かにとることが求められる。乗り継ぎする場所もそうなっていくのではないでしょうか。

稲垣都市計画の常識をくつがえす考え方で、面白いね。

※1 近隣住区論:アメリカの社会・教育運動家のクラレンス・ペリーによって1924年に提唱された理論。幹線道路で囲まれた半径約400mの範囲に小学校やコミュニティセンターなどを配置することで、住民の日常生活は歩行可能な住区の範囲内で完結させることができる。

テクノロジーの活用は解決すべき課題も

稲垣荷物検査など、セキュリティ上狭い空間に流れ込むボトルネックの部分では過密状態が発生しますよね。IoTなどを使って、場所を選ばずに検疫や荷物チェックができないかな。

石原パスポートはそんなに簡単にいかないと思いますが、顔認識の技術を使って、航空券を買った時に顔を登録するやり方はあるかもしれない。見送りをする家族の顔も登録しないといけませんが。

稲垣テクノロジーの利用といえば、移動経路の最適化は三密回避に使えるのでは?

石原避難安全検証と呼ばれるプロセスに使われているシミュレーションなど、使える技術はすでにあります。今までは、特殊な設計をやりたい場合や大規模施設を造る時に使われていました。しかし、小規模施設でも有効であれば建築サイドで対応できます。

稲垣飛沫、空調、環境シミュレーションはどう?

石原どのくらいシミュレーションモデルを簡略にするかが重要ですね。建設業界では熱やCO2については考えてきましたが、特定のウイルス飛沫という観点はなかったと思います。これらに関する知見が集まってくればシンプルにすることができます。楽器演奏の際に飛ぶ飛沫などは実験で検証されていますが、今後さらに様々な角度から研究を進め、知見を集めていく必要があります。

松井「富岳」でやっていたのを見たことがあるけど、大変なシミュレーションということですよね。


理化学研究所はスーパーコンピューター「富岳」を用いて、マスク非着用時/着用時、オフィスや電車、学校の教室などでの飛沫の拡散に関するシミュレーションを行っている
提供:理研・豊橋技科大・神戸大、協力:京工繊大・阪大・大王製紙

石原全部の条件を入れようとすると「富岳」が必要になっちゃうんです。もっと知見が集まって、ここだけ注目すればいいとなれば、パソコンでもシミュレーションできるようになる。

稲垣ITはサービス業や工場など、現場に行かないと成り立たない業種でも活用できるよね。

石原現時点では難しいですが、VRが発達するとロボットに同じ動きをさせて、家で組み立て作業を行うことが可能になるかもしれません。


建設業界では、映像だけではなく、音や振動、建設機械の傾きなどの情報も提供する無人化施工VR技術の開発が進められている
写真提供:熊谷組・国立東京工業高等専門学校

稲垣自動車工場だとすでに人の手を使わずに成り立っている工程が増えてきているので、遠い未来を見るとロボット化や遠隔操作の可能性はありそう。ただ、建設現場は作るものがひとつひとつ違うので、当面は接触を防ぐことなどが有力な対策になりそうだね。
興味深い話をいろいろありがとうございました。最後に一言お願いします。

松井在宅勤務が長く続き、自分自身で驚いた一番の心境の変化は「人と会わないことへの寂しさ」でした。あまり感傷的なタイプではないのですが。
オフィス不要論が話題になるのは、チーム運営や生産性の向上など経営者目線でのトピックが多いからで、「同じ仕事をする仲間がいる場所」としてのオフィスはなくならないと思います。本音として、人に会わないと寂しいという感情は多くの働き手にあると思います。

石原建築家が社会的な問題にとらわれすぎると建築をデザインすることが疎かになります。建築側の人間がやらなければいけないことは、いかに建築に向き合うかということですよね。

稲垣確かにそうだね。2回にわたり、興味深いお話の数々、ありがとうございました。建設業界も今、大変な状況にありますが、逆にこういう状況だからこそ、これまで思いつかなかった新しい発想が生まれてくるのではないでしょうか。

次回は「建設業のリモート化はどこまで進んだか」です。
乞うご期待!