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よくわかるエレベーターと建物のこと

建築と暮らしはどう変わるのか?(前編)
アフター・コロナ状況下のオフィス・住環境

新型コロナウイルスは私たちの暮らしに深刻な影響を及ぼしています。
これに伴い建築の世界は今後どのように変化していくのでしょうか。
この座談会では、設計事務所やコンサルティング会社、コミュニティ型ワークスペース会社に在籍する若手建築家3名が、新型コロナによる建築と暮らしの変化の可能性を展望します。
前編は、リモートワークが広がる中でのオフィスや住宅の変化について語ります。

稲垣 拓 いながき たく さん (モデレーター)

itaru/taku/COL. 共同代表
https://www.itarutakucol.com/

東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修了。株式会社山下設計を経て、2017年itaru/taku/COL.を設立。

石原 隆裕 いしはら たかひろ さん

シンテグレート
http://www.syntegrate.build/ja/home

東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修了。株式会社山下設計を経て、2018年、合同会社シンテグレートに入社。

松井 一哲 まつい かずあき さん

WeWork Japan
SENIOR LEAD ARCHITECT

東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修了。株式会社日建設計を経て、2019年、WeWork Japan に入社。

作業現場や社外との打ち合わせに大きく影響

稲垣新型コロナウイルスは、建築業界にも様々な影響を及ぼしていると思いますが、石原さんの会社はどう?

石原工事現場では資材調達に影響が出ていますね。石材、ガラス、窯業系資材は中国に製造工場があるものが多いのですが、検品や打ち合わせができず、工事が止まってしまうケースもありました。
設計事務所やゼネコンのコンサルをしているのですが、現在は打ち合わせひとつするにしても苦労してます。建築を造る際、日本ではいくつかの会社が集まってワンチームを作るところから始まります。これまでは20人、30人が会議室に集まり、大画面にモデル画像を映して、その画像に上書きスケッチをするといった打ち合わせが多かった。ところが、リモート会議が増えたことでそれができなくなりました。

稲垣石原さんの会社はデジタルで強みが出せると思ってたけど、相手側の要因でうまくいかないこともあるんですね。松井さんの会社はどう?

松井僕の会社は外資系ということもあって、以前からZoomでの打ち合わせは日常的に行っていました。電子署名を用いているため書類にハンコも基本的に押しませんし、ペーパーレスで図面もクラウド上で共有し、チェックしていました。そういった意味で、在宅勤務が通常になってからも問題はありませんでした。しかし、社外との打ち合わせでは、リモート会議の設定の仕方やクラウドツールの使い方を先方に伝えないといけないことがあり、苦労することもありました。

リモートワークの拡大で、オフィスは「集まる場」へ

稲垣リモート会議の増加と並行して、最近、リモートワークも増えてますよね。オフィスに出社しなくてもよいとなった場合、これからオフィスはどのように変化していくと思います?


リモートワーク実施率の変化。ここ数年微増を続けていたが、新型コロナの影響で一気に上昇した
出典:SUUMO調べ「新型コロナ禍を受けたテレワーク×住まいの意識・実態」調査
https://www.recruit-sumai.co.jp/press/2020/05/4824.html

石原私の職場は、新型コロナ以後社員が増えているにもかかわらず、オフィスも机も増やしていません。リモートワークに含まれる在宅勤務が主体なので、オフィスを広げる意味がないんです。会社としては、会議室としてオフィスの機能に投資するとともに、自宅のオフィス化を手助けしている。こうした傾向は、これからますます一般化し、また長期化するのではないでしょうか。

松井私個人への相談としては、拡張・拡大を前提としたオフィス移転の話が多かった新型コロナ以前と比べ、最近では「オフィス縮小を前提に残すべき機能は何かを教えてほしい」という依頼が来るようになりました。一方で、縮小計画というのは「コストカットをしたい」というのがこれまでの主な目的でしたが、今ではリモートワークを前提に新たなオフィスのあり方を考えたいというポジティブなものも多いです。

稲垣縮小による余剰部分を別の用途に使うということ?

松井今のオフィスを解約して、小さなオフィスやシェアオフィスに移転する時に、本当に必要となる機能は何かというような相談です。業態によっても異なりますが、課題抽出やアイデアの発想を重視する企業であれば、ブレーンストーミングに向いた会議室。営業を重視する企業であれば、落ち着いて商談が行えるラウンジなどです。現在、皆さんがオフィスに求めているのは、個人が集中して作業をする場ではなく、「集まる場」としての機能のようです。

9月末に「WeWork神谷町トラストタワー」内に完成するPayPayオフィス。在宅勤務を原則とし、オフィスは「チームワークによる新しい価値を創出する場所、従業員のエンゲージメントを高める場所」と定義し直した
©WeWork Japan

住宅での予防対策は小規模なものが中心

稲垣集合住宅の共用部や、高齢の同居者がいる住宅などでは、新型コロナに対する予防対策が求められていますよね。接触部分や水回りなどの解決には、ハード面、ソフト面、様々な方法があると思いますが、住宅に対するニーズは今後変わっていくと思う?

石原新型コロナが何十年も続くなら感染時に家庭内で隔離ができる2世帯住宅のようなプランニングが求められるでしょう。ただ、あと1年2年だとすると、人間が触るドアの周りにキックプレートを後付けするなど、簡単なものがはやると思います。


非接触でドアを操作できるオープナーも商品化されている(写真提供:クロノワールド)

松井僕も、衛生面への対策となると、人々の危機意識に対する対応スピードにプライオリティがあるので、専門業者を呼んでやるような大規模な改修工事よりも、金具や建具の改修が現実的だと思いますね。

稲垣多世帯住宅のようなプランニングが理想的だけど、住んでいる方がお金を払えるかという問題はあるよね。集合住宅についてはどう?

松井集合住宅は賃貸のケースも多いので、新型コロナの予防対策としては接触部に触らないようにするほか、宅配ボックスが増えるぐらいではないかと思います。人間、苦しいことはいつまでも続けられないので、快適性もあるテレワークと異なり、衛生面の細かい配慮はどこまで続くか疑問です。

自宅近くにワークスペースが必要

稲垣住宅については、衛生面の予防対策のほか、リモートワークで職場の一部が入ってくるなどの変化も出てきているね。


リモートワークが継続する場合、部屋数の多い住宅、広い住宅に住み替えを希望する人が多い
出典:SUUMO調べ「新型コロナ禍を受けたテレワーク×住まいの意識・実態」調査
https://www.recruit-sumai.co.jp/press/2020/05/4824.html

松井都心は夫婦共働きの方も多いので、夫婦でリモート会議の時間が重なったり、社外秘の内容を話せなかったりといった問題が考えられます。

石原集中して作業する場としての機能がオフィスから必要なくなるという考え方は、自宅で集中して作業できることを前提にしてますよね。ところが、打ち合わせの時に子どもが帰ってきて騒ぎ始めると、集中して作業ができないという問題もある。

松井単純に集中するためだけにわざわざ都心まで出ていく必要はないので、今後は自宅近くにサードプレイス※1が必要になるのではないでしょうか。ビジネスホテルやちょっとした個室など、集中できるのであればオフィスである必要はないと思います。

稲垣地域単位で集中できる空間があれば、在宅勤務を補完できるというわけだ。

松井これまでのシェアオフィスは、丸の内、六本木、日本橋などブランディングにつながる都心エリアに開設されるのがトレンドでした。これからはわざわざ満員電車に乗って通勤するような場所ではなく、吉祥地、武蔵小杉、二子玉川など、街として栄えているが、自転車があれば通勤できるような場所にも、リモートワークを行うための場としての需要があるのではないかと思います。

石原地域単位で集中できる空間のイメージとしては、自宅近くに漫画喫茶みたいなブースが並んでいるというのがひとつ。そのほか、飲食店やカラオケ店など、オフィス用に設計されていない空間でも、内装をちょっと変えて、4人席を一人オフィス用の空間にコンバージョンするなどすれば、活用できるのではないでしょうか。

稲垣コンバージョンが軌道に乗ってくれば、リモートワーク用の空間を小さい単位で作れてしまう。

松井旅館が余っている客室をオフィスとして貸し出し、ラウンジで飲食利用してもらうサービスもワーケーションの一環として考えられます。

稲垣ビジネスホテルは、半個室のオフィス空間であるキュービクルよりちょっと大きいサイズ感がいいよね。ちゃんとシステムを構築してしまえば、かなりの数が出るのではないでしょうか。

部屋からベッドを撤去したリモートワーカー向けプランを提供し始めたホテルもある
写真提供:リッチモンドホテル 東京水道橋

松井オフィス業界では、以前からABW(Activity Based Working)という考え方があります。ABWとは、オフィスデスクに限らず、働く人が自由に作業する場所を選べるワークスタイルで、リラックスできるソファのあるラウンジスペース、一人で作業に集中できる個室など、アクティビティを分類して作業空間を使い分けるのですが、これまではひとつのオフィス内にABWを取り入れた空間を確保することが前提になっていました。これからはABWを都市全体のスケールで考えていくことが必要になるのだと思います。在宅勤務やサードプレイス、ワーケーションを含め、自社オフィス内にとどまらず、都市の中に働く場所をどう作っていくかが、今後のABWの考え方になるのではないでしょうか。

飲食店など、街中にある店舗の空席や、ホテルなどの空室をリモートワークの空間として提供するサービス「テレスペ」も登場している
写真提供:テレスペ

※1 サードプレイス:自宅、職場(あるいは学校)とは別にある、もうひとつの自分の居場所。現代社会では、ファーストプレイス(自宅)、セカンドプレイス(職場あるいは学校)以外に、心休まる居心地のいい空間も必要になるということで、社会学者レイ・オルデンバーグが提唱した。

次回は「建築と暮らしはどう変わるのか?(後編)」です。
乞うご期待!