MENU

よくわかるエレベーターと建物のこと

磯達雄・宮沢洋が送る
名作映画・ドラマの隠れた「主役たち」(第1回)

イラスト:宮沢 洋

大容量エレベーターにひとり乗り込む天才外科医
「ドクターX~外科医・大門未知子~」

垂直方向へ移動する院長回診

 「ドクターX~外科医・大門未知子~」は2012年から始まって、断続的に現在まで続いている大人気のテレビドラマシリーズ。米倉涼子が演じる外科医の大門未知子は、フリーランスの医師として病院に派遣されている。「わたし、失敗しないので」が口癖の天才外科医で、医局の医師たちと軋轢(あつれき)を生みながらも、手術の腕をもって彼らを出し抜いていくという痛快なストーリーだ。
 そのなかで印象的なのが、回診のシーンだ。院長を中心にして、その後ろに白衣を羽織った大勢の医師たちが、付いて歩いていく。その途中、エレベーターに乗るのだが、カゴの中はぎゅう詰め状態だ。エレベーターのカゴは透明なガラス張りなので、中でひしめき合う医師たちが顔をしかめているのがわかる。彼らは苦しくても、これに乗りこまないわけにはいかない。なぜなら降りることは、病院での出世コースからの脱落を意味してしまうからだ。
 大学病院を舞台にした映像化作品といえば、「白い巨塔」のことを思い出す人が多いだろう。1966年の映画化以来、テレビドラマも繰り返し制作されたが、そこでは必ずといっていいほど、教授を先頭に集団で医師たちが廊下を歩いていく回診のシーンがあった。その水平方向の移動を、「ドクターX」では垂直方向の移動に変えた。そこが演出のミソである。
 そして次のカットでは、隣のエレベーターの扉が開き、そこに大門未知子がただひとり、乗り込んでいく。その様子は、ひしめき合って乗っている他の医師たちとは、鮮やかな対比を見せており、さっそうとしてカッコいい。権力の構造から離れて自由な彼女の存在を、象徴的に表した画面づくりだ。

定員75人乗りの展望用エレベーター

 この撮影で使われているエレベーターは、西新宿に建つ住友不動産新宿グランドタワー(設計:日建設計、施工:大成・鴻池建設共同企業体、竣工:2011年)のもの。このオフィスビルは地上40階建てで、延べ面積は約13万8600㎡におよぶ。近年、こうした大規模な超高層ビルの増加に対応して、一度により多くの人を乗せて運べる大容量エレベーターの開発が進んでいる。住友不動産新宿グランドタワーに設置された、東芝エレベータ製のシャトル・エレベーターもその一例で、定員は75人乗りとなっている。これが1階から30階まで、わずか33秒で到達するという。
 「ドクターX」の回診で何人が詰め込まれていたのか、テレビの画面からはわからないが、普通に乗っていれば絶対に快適なはず。ガラス越しの展望を楽しみながら、一度は乗ってみたいものである。(文:磯 達雄)

 
イラスト:宮沢 洋

文:磯 達雄(いそ・たつお)

建築ジャーナリスト、Office Bunga共同主宰。1963年生まれ。1988年名古屋大学卒業。1988〜1999年日経アーキテクチュア編集部勤務後、2000年独立。2020年4月から宮沢洋とOffice Bungaを共同主宰。2001年〜桑沢デザイン研究所非常勤講師。2008年〜武蔵野美術大学非常勤講師。著書に『昭和モダン建築巡礼』、『ポストモダン建築巡礼』、『菊竹清訓巡礼』、『日本遺産巡礼』(いずれも宮沢洋との共著)など。

イラスト:宮沢 洋(みやざわ・ひろし)

画文家、編集者、BUNGA NET代表兼編集長。1967年東京生まれ。1990年早稲田大学政治経済学部政治学科卒業、日経BP社入社。日経アーキテクチュア編集部に配属。2016年〜19年まで日経アーキテクチュア編集長。2020年2月に独立。2020年4月から磯達雄とOffice Bungaを共同主宰。2021年5月、株式会社ブンガネット(BUNGA NET Inc.)を設立。著書に『隈研吾建築図鑑』など。

次回は「建築現場で大活躍のチャットツール」です。
乞うご期待!