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よくわかるエレベーターと建物のこと

DXで私たちの生活はどう変わる?
第2部 〜DXがもたらす住宅の未来(後編)〜

建築と家政学の立場からDXの進展でもたらされる住宅の変化について考える座談会の後編。
今回は、DXがもたらすコミュニケーションの変化やデータの可視化という切り口から、未来の住宅の姿を探っていきます。
住宅は、人が生を営む最も基本的な空間の単位ですが、ヴァーチャル空間も含めて考えた場合、DXは住宅に対するこうした固定観念を激変させる可能性も秘めています。

谷口たにぐち 景一朗けいいちろう さん

建築家・建築環境エンジニア
スタジオノラ共同主宰
http://www.studio-nora.com/

日建設計退職後、2016年スタジオノラ設立。建築設計、建築環境エンジニアリングを手がける。
東京大学大学院特任助教も兼任。

番匠ばんじょう カンナかんな さん

ヴァーチャル建築家
https://banjo-kanna.com

建築設計事務所を退職後、2018年から活動するヴァーチャル建築家。
実空間とヴァーチャル空間の設計を分け隔てなく行う。

松田まつだ 典子のりこ さん

文教大学教育学部
学校教育課程家庭専修 准教授
https://gakujyo.bunkyo.ac.jp/Profiles/14/0001382/profile.html

教育学部で家庭科教育を教える一方、女性労働や保育に関する研究も行う。

多チャンネル化するコミュニケーション

番匠前回は、シェアでかまわないモノが増えたり、モノをデータ化してヴァーチャル空間にアーカイブしたりすると、所有物の置き場所である住宅は、今後大きく変わるのではないかという話が出ました。今でこそ単身世帯が増えているものの、住宅は家族の生活空間であり、コミュニケーション空間でもありますから、今回はまず、コミュニケーションという切り口から住宅の変化について議論したいと思います。
 ヴァーチャル建築家の立場からお話しすると、ヴァーチャル空間内のアバターコミュニケーションでは、ふだん、会話が少ない親子でもハラを割って本音の会話をしやすい可能性があります。例えば、テストの点数が低かったなど、都合の悪い話はLINEで伝えることで、無駄な衝突が起きにくくなっているように、直接会うのとは別のコミュニケーションチャンネルを複数もつことは大事です。

松田確かに、今は家族間の連絡にスマホを使うなど、コミュニケーション手段が多様化していますね。

番匠リアルな空間だけでなく、ヴァーチャル空間ももうひとつの「空間」として考えると、親子間だけでもいくつもの空間を共有することができます。例えば、LINEグループも“住宅”と呼べるかもしれません。また、MR技術を使えば、ヴァーチャルなペットを現実世界に重ねて存在させることができますから、家族の一員のようにヴァーチャルペットを実空間で飼うことができます。和やかな時間を過ごせる空間は、リアルな空間だけに限定しなくてもいいと思います。
 ただ、幼児や高齢者など触れ合いによるコミュニケーションが重要な場合は、ヴァーチャル空間を使えることもあれば、使えないこともあると思います。

3DCGで表現されたコーギーという子犬をペットとして育てていくゲーム「Pocket Pet」。AR(拡張現実)技術によって現実世界に子犬を投影でき、一緒に遊んだりすることもできる
図版提供:フィグニー

松田ヴァーチャル空間がたくさんあれば、高齢者にも使えるものがありそうですね。

谷口見守りサービスがそうではないでしょうか。これなどは、リアルとは別の空間での解決策です。

松田そうですね。高齢者とのコミュニケーションにはヴァーチャル空間を活用できますよね。ほかにも、ヴァーチャル空間はコミュニティ活動にも活用できるのではないでしょうか。例えば、自治会や子ども会は、役員のなり手が少なくなり、運営に支障をきたすところが増えてきましたが、ヴァーチャル空間で交流できるようにしたら、活動を活性化できると思いました。

谷口コミュニケーションもコミュニティ活動も、目的に応じて使い分ければよいと思います。ちょっとした会話を楽しみたい時はAIを相手にして、孫と話したい場合はVRを使う。テストの点数はLINEで報告する。そして、人と触れ合いたい場合は、リアルな空間で直接会って会話を楽しむといった感じです。

松田空間を共有するという観点から考えると、リアルな空間そのものを共有するという方向性もあります。例えば、家族が自立した後、高齢者の住まいをライフステージに合わせて減築し、空いた場所をコミュニティでシェアする。共有する場所があると、コミュニティは強化されます。

谷口リアルな空間を共有するもうひとつの方法としては、所有している家や土地を売って、高齢者施設など、別のコミュニティに移るという方法も考えられます。アメリカだとこれが普通です。結果としてアメリカでは、単なる一施設にとどまらず、独立した街を形成するほどのリタイアメントコミュニティ※1が数多く生まれています。

※1 リタイアメントコミュニティ:健康で活動的な55歳以上のシニアが集まり、形成された街。シニアタウンとも呼ばれている。アメリカ全土では数千にも及ぶリタイアメントコミュニティがあるといわれており、人口数万人規模のコミュニティも存在する。

1960年にアメリカ・アリゾナ州につくられた代表的なリタイアメントコミュニティ「サンシティ」の空撮写真。アクティブシニアに住みよいコミュニティ
© Ken Lund(CC BY-SA 2.0
「サンシティ」にある野外劇場。アクティブシニアがセカンドライフを満喫している。リタイアメントコミュニティには、劇場やゴルフ場、レストランなどを併設しているところが多い

環境の可視化にみるDXの可能性

番匠谷口さんは建築環境のデザインもされているそうですが、この分野におけるDXの可能性はいかがでしょうか。

谷口DXの活用先として、建築環境の可視化は有望だと思います。現在はすでに、例えば風の解析結果をVRで見ることが可能です。また、温熱や光など建築環境を可視化すると、クライアントにとってもわかりやすくなるため、設計段階で専門家とフラットな関係が築け、要望を伝えやすくなります。
 そうはいっても、過度な可視化は危険ですよね。環境シミュレーションで暑い場所が見えてしまうと、例えば廊下のように多少暑くても問題ない場所であっても適温に保たなければならないという強迫観念が生まれます。誰も気にしていなかったところまで可視化するのではなく、人の快適感にとって本当に重要な場所について可視化をして価値を共有した方がいいと思います。

戸建住宅における風環境・光環境シミュレーション事例。建築環境の可視化によってクライアントとの円滑なコミュニケーションが可能となる
図版提供:谷口景一朗さん

松田確かに、過度な可視化を嫌う方もいらっしゃいますね。例えば、賞味期限切れを防ぐために、DXで冷蔵庫の在庫を可視化することは可能だと思いますが、見えると嫌だという人がいます。

谷口建築環境が可視化されれば価値を共有しやすくなるので、例えば初期投資をしっかりすることで断熱性能の高い住宅がよりつくりやすくなります。しかし、その一方で、建物の性能だけに頼って設計していると、省エネな住宅にしようとした場合、南側以外の窓が小さい画一的なデザインになってしまうというデメリットもあります。

松田暑い時は、住み手がロールスクリーンを閉めたり、窓を開けたりするでしょうから、住み手がそのように行動することを期待して設計してもよいのではないでしょうか。

谷口おっしゃるとおりです。住み手がつくり手の期待どおりに行動してくだされば、設計の自由度が上がり、大きな窓をつくることもできます。ですが、必ず期待どおりに行動していただけるかどうかはわからないので、それを前提にして設計することは現状では難しいです。
 では、DXでこういったことを解決できるのかを考えてみると、まず、環境変化をモニタリングして、窓の自動開閉など、機械で自動化する方法が挙げられます。しかし、自分で窓を開けるからこそ感じられる心地良さもきっとあるので、すべて自動化してしまうのは面白くありません。そこで、もうひとつ考えられる方法は、家が窓の開閉のタイミングを住み手にアドバイスし、行動を促すことです。

番匠家が「窓を開けたら気持ちよいと思います」と話しかけてくれたら楽しいですね。まさにDXですよね。

行動の可視化はポジティブ指標がポイント

番匠ここまで環境の可視化について議論していただきましたが、人の行動をDXで可視化するアプローチも面白いのではないでしょうか。

松田家政学の立場からいえば、家事作業量を可視化できたら面白いと思います。家事には、炊事洗濯のように作業量がわかりやすいもの以外に、テーブルを拭くなどの衛生管理、学校や近所・町内との連絡といった情報管理など、作業量を把握しづらい細々したものがたくさんあります。こうした作業の量も可視化できれば、家事のあり方が大きく変わってくるのではないかと思います。

谷口確かに、行動を可視化できると面白いですよね。行動を可視化する際にポイントとなるのは、可視化するためのもとになるデータにはポジティブデータとネガティブデータの2つがあり、どちらを指標として可視化するかです。例えば、犯罪発生率というネガティブ指標は誰にでも理解できるのに対して、街の住みやすさというポジティブ指標は今ひとつわかりにくいですよね。でも、利用者にわかりにくいポジティブ指標こそ、うまく見せてあげることが重要なんです。
 ポジティブ指標が有効な例をひとつ挙げると、カーシェアのポイント制があります。私が利用しているカーシェアでは、給油やエコドライブなどのポジティブ指標でポイントが加算され、利用中の無断延長や駐車違反などではポイントが減点になります。ポイント数で決められているステージ別に様々なサービスが受けられます。DXが追い求めるべきは人間の能動的な行動の創発で、それにはポジティブ指標がポイントになります。

カーシェアサービス「タイムズカー」のTCPプログラムでは、エコドライブを行ったり、車をキレイに使ったりすることでポイントがたまり、お得なサービスを受けられる仕組みがある
図版提供:タイムズモビリティ株式会社

松田ポジティブ指標の重要性はおっしゃるとおりだと思います。家政学ではポジティブな「生活指標」をつくる試みが以前からされてきましたが、人の主観に左右される指標なので、なかなか発展しませんでした。人の行動をデータで可視化できれば、新たなポジティブ指標を生み出し、生活の質を評価できるようになる可能性があります。

番匠ポジティブ指標は、住まいのシェアにも応用できそうですよね。利用者が掃除や備品補充をすると割引するといった運用です。ただ、不特定多数向けのサービスでは、やっぱり管理コストを払って管理者に任せる方が現実的かもしれません。一方で、私が注目したいのは、不特定多数ではなく「価値を共有する小規模コミュニティ」の方で、こちらはシェアも含めた様々な可能性があると思います。自然発生的な自助が起こりうる小さなつながりこそ、DXによる行動の可視化やポジティブ指標で支えられるのではないでしょうか。

松田私は、世代間の支え合いにもポジティブ指標を活用できるとよいのではないかと思いました。例えば、備品の管理等は地域に住む高齢者の方が行い、若い世代はデジタル機器の操作をサポートする。そんな行動を可視化するわけです。それができれば、世代間の支え合いもうまく運用できそうです。

未来の住宅の理想形は?

番匠これまで議論してきたことを踏まえると、DXが実現する未来の住宅の理想形はどうなると思いますか。

松田私が考える住宅の理想形は、生涯にわたって変わっていく住宅です。住宅に求めるものはライフステージによって変わってきますよね。一度建てたらそのままの状態でずっと使い続けるのではなく、ライフステージごとに間取りや状態を変えていくのが望ましいと思っています。1960年代に社会やライフステージに合わせて有機的に成長する「メタボリズム」建築の概念が提唱されましたが、その新しい形といえるかもしれません。DXが、それに寄与することを期待したいですね。谷口さん、建築家の視点から見た場合はどうですか?

谷口DXやIoTの話は省力化に目が向きがちですが、Amazonの「おすすめ」のように、人間の次のアクションにつながる情報を出していくことが重要だと思います。先ほどお話ししたように、住宅も窓が自動で開くのではなく、人が窓を開けたくなるように「おすすめ」してくれる。DXにはそんな使い方を期待したいですし、それを踏まえて「新しい住宅」という形に落とし込んでいくことが、これからの建築家にとっての重要な役割だと感じました。

番匠確かに、それも重要な役割ですよね。私は共有と占有がうまく回っていく仕組みとして、DXがあるといいと感じました。ル・コルビュジエのユニテ・ダビタシオンは、中間階に商店があったり、屋上に保育園や公園があったりと、占有施設である住居と共有施設が一体となった「住居の統一体」です。コルビュジエは、モダニズム建築の立場から、共有と占有の関係に対するひとつの回答を提示しました。ですが、コルビュジエが活躍した頃と異なり、建築家は今や、リアル空間だけでなく、ヴァーチャル空間まで含めて考えることができるようになりました。創造力を働かせる場がそれだけ広がっているのです。DX、さらにはヴァーチャルが加わることで、共有と占有のバランスがとれた新しい住まい方が立ち上がってくるといいなと思います。

マルセイユのユニテ・ダビダシオン(1952年完成)は、コルビュジエの都市計画を建物として実現したもので、世界遺産としても登録されている
© Velvet(CC BY-SA 4.0

谷口住宅が今後どう変わっていくかは、DXのような技術の進化だけでなく、ライフスタイルや価値観の変化を含めて考えていくことも重要だと感じました。

番匠庄司先生との対談では、住宅を包み込む「都市」という大きな視点からDXの可能性について議論しました。それに今回の座談会で出てきた話も含めると、新しい住宅像を探るためのヒントが数多くあったように思います。これから住宅がどのように変わっていくのか楽しみです。本当にありがとうございました。

次回は「自律型サービスロボットは施設管理をどう変える?」です。
乞うご期待。