編集:有限会社バース
皆さんは日頃どれくらい笑っているでしょうか。悩みやストレスなどで、最近あまり笑っていないという方もいるでしょう。近年、笑うことによるさまざまな効果が認められ、ストレス軽減にも有効とされています。そこで今回は、疫学の専門家で、「笑いの効能」について長年研究されている福島県立医科大学の大平先生にお話を伺いました。
大平 哲也さん
Tetsuya Ohira
profile●福島県いわき市生まれ。福島県立医科大学 医学部疫学講座主任教授 兼 放射線医学県民健康管理センター健康調査支援部部門長 同 健康増進センター 副センター長。大阪大学大学院医学系研究科公衆衛生学 招へい教授。専門は疫学、公衆衛生学、予防医学、内科学、心身医学。日本笑い学会理事。福島県立医科大学医学部卒、筑波大学大学院医学研究科博士課程修了後、大阪府立成人病センター診療主任、大阪府立健康科学センター主幹兼医長、ミネソタ大学疫学・社会健康学部門研究員、大阪大学医学系研究科准教授を経て現職。主な著書は、『10000人を60年間追跡調査してわかった健康な人の小さな習慣』(ダイヤモンド社)、『1日1回!大笑いの健康医学』(さくら舎)。
●疫学の専門家が、笑いの研究をされるようになったいきさつを教えてください。
私は研修医時代、脳卒中や心筋梗塞など循環器疾患の患者さんを診る中で、病気をコントロールできていない人や「怒り」を我慢している人が多いことが気になっていました。最初は外来で一人ひとりと話をしていたのですが、地域全体での予防活動の必要性を感じ、地域医療学を学ぶために筑波大学の大学院で疫学の研究を始めました。疫学とは、集団を対象に統計を用いながら病気の原因を調べ、予防法などを見つける研究で、初め私は「怒り」の研究をしていました。ストレス値の調査の際に、学生に恐怖映画を観せるとストレスホルモンの値が上がったので、逆に下げるものはないのかなと探していて、ふと動物のハプニング映像を観せたら大笑いして、すぐにストレス反応が下がったんです。それを見て、もしかしたら笑うことがストレス解消につながるのかなと。その後、勤めた大阪府立成人病センター(現・大阪国際がんセンター)で、落語の会のイベントを行った際にもストレスホルモンを測定したところ、落語の後で値がグッと下がったことから、「これだ!」と思い、笑いの研究を始めました。海外でも研究したいと約2年ミネソタ大学で学び、帰国後も疫学を専門に研究を続けてきました。
●「笑い」と病気に関する研究はアメリカでも早くから行われていますね。
はい。1970年代の痛みの抑制効果についての報告が最初です。ノーマン・カズンズというアメリカのジャーナリストが強直性脊椎炎という難病にかかって痛みで歩けず、医者からは元に戻る確率は500分の1と言われました。彼は、もしかしてストレスで病気になったのではないかと考え、いろいろ試してみたところ、あるとき、いわゆるドッキリカメラの映像を観て大笑いしたら痛みが引いてきた。そこから笑いと痛みの関連性について試すうちに、10分間大笑いすると2時間痛みなく眠れ、一日中笑うようにしたところ痛みがどんどん減って3週間後に歩けるようになり、半年後には職場に復帰した。この話が著名な医学雑誌に掲載されて以降、世界中で笑いの鎮痛効果に関する試験が行われ始めました。
●鎮痛効果から始まり、今では笑いによるさまざまな健康効果が実証されているようですね。
そうですね。「ハッハッハッ」と笑うとき、自然と腹式呼吸になるため、軽い有酸素運動として散歩程度の「運動効果」があります。笑っている間にはストレスホルモンが抑制されるため「ストレス解消効果」もあります。そして、笑いが収まるときは逆に副交感神経が上がってくるので、「リラックス効果」が得られます。それらの効果が血圧の上昇を抑え、さらに、さまざまな循環器系疾患の抑制につながります。笑うことで交感神経系の緊張がとれ、インスリンの分泌が良くなるため血糖値が下がり、緊張した血管が緩んで血流が良くなることで動脈硬化の予防にもつながるといわれています。
また、笑う人と笑わない人の5年間の追跡調査で、あまり笑わない人は糖尿病の発症リスクが高く、笑う習慣をつけると糖尿病の治療効果が上がることが分かっています。さらに、笑うことで筋肉を使い唾を飲み込む嚥下機能も良くなるため、よく笑う人はオーラルフレイルが少なく、歯の本数も多く残っていることが分かりました。
それから、年齢を重ねると人はどんどん笑わなくなってきます。これは、物事を理解して反応する脳の機能の衰えが原因ではないかと考え、認知症との関係を調べたところ、やはりあまり笑わない人の方が認知機能の低下が見られ、追跡調査でもあまり笑わない人に認知症のリスクが高いことが分かりました。
●笑うことで免疫力も上がるといわれますね。
免疫力を高めるには食事や運動、睡眠などが大事ですが、笑いもその一つ。ストレスホルモンが低下することで、免疫力が上がります。また、NK(ナチュラルキラー)細胞と呼ばれる自然免疫細胞は、がん細胞が最初に出てきたときに破壊してくれる働きがあり、笑うことでNK細胞の活性が高まる研究結果が発表されています。ただ、“笑うとがんが消えてなくなる”といった研究は残念ながらまだありません。
- 血圧の上昇を抑える
- 血糖値が下がる
- 動脈硬化の予防につながる
- 糖尿病の治療効果が上がる
- 嚥下機能が良くなる
- 認知症予防効果が期待できる
- 免疫力が上がる
- NK細胞の活性が高まる

