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よくわかるエレベーターと建物のこと

DXで私たちの生活はどう変わる?
第2部 〜DXがもたらす住宅の未来(前編)〜

DXの進展に伴い、住宅に求められる空間ニーズが変化しつつあります。
これにより、住宅設計のあり方も変わってくるでしょう。
第2部の前編では、
ヴァーチャル建築家の番匠カンナさん、建築家で建築環境エンジニアの谷口景一朗さん、女性労働論や家庭科教育を専門とされる文教大学の松田典子先生、3名による座談会を実現!
DXで住宅の何が変わり、何が変わらないのかなど、
DXがもたらす住宅の未来について、それぞれの立場から展望を語っていただきました!

松田まつだ 典子のりこ さん

文教大学教育学部
学校教育課程家庭専修 准教授
https://gakujyo.bunkyo.ac.jp/Profiles/14/0001382/profile.html

教育学部で家庭科教育を教える一方、女性労働や保育に関する研究も行う。

番匠ばんじょう カンナかんな さん

ヴァーチャル建築家
https://banjo-kanna.com

建築設計事務所を退職後、2018年から活動するヴァーチャル建築家。実空間とヴァーチャル空間の設計を分け隔てなく行う。

谷口たにぐち 景一朗けいいちろう さん

建築家・建築環境エンジニア
スタジオノラ共同主宰
http://www.studio-nora.com/

日建設計退職後、2016年スタジオノラ設立。建築設計、建築環境エンジニアリングを手がける。東京大学大学院特任助教も兼任。

シェアリングエコノミーの可能性

番匠第1部の対談では、都市におけるシェアリングエコノミーの話題が出ましたが、住宅でも自分が占有しておきたいもの、共有でかまわないもの、共有でより豊かになるものがあると思います。

谷口1週間だけスポーツカーをシェアするとか、楽しそうですね。建築設計や環境エンジニアリングの仕事をしている視点から見ると、シェアリングエコノミーはモノの流動性を高める働きがあると思います。流動性が高まると、スポーツカーのように特殊なモノも求められるようになります。
 例えば、建築家が設計した住宅は特定のクライアントに特化した「特殊な」住宅であることが多いので、中古として売りづらく、普遍的な設計プランの中古住宅の方が売りやすいという話がありますが、DXでマッチング技術が進めば、建築家が設計した住宅でも売りやすくなるでしょう。このように、DXの進展で流動性が高まるというのは重要です。

松田私は家政学の研究をしていますが、家計の観点からいえば、モノを持たない方法としてサブスクもありますよね。CDやゲームだけではなく、家具のサブスクサービスも始まっています。断捨離やミニマリストといった言葉があるように、モノを何から何まで所有しなくてもよいと考える人が増えていると思います。

谷口私もかれこれ10年ほどカーシェアを使っていますが、カーシェアを使うと駐車場が不要になります。このようにモノを所有しなくなると、収納スペースがいらなくなりますので、住宅設計のあり方も変わるんじゃないかと思います。
 人によってシェアでいいモノや所有したいモノは違います。そこでシェアリングサービスでは、シェアできるモノの種類が増えてきました。また、所有したいモノの中に使用頻度の低いものがあれば、レンタル倉庫を借りて、そこに収納することもできます。何を所有し、どこに収納するかという点では、選択肢が増えてきたと感じています。

松田小学校の家庭科の授業では「要るものと要らないものを分けて、要らないものを捨てる」、「要るものは、使いやすいように工夫する(例えば、使うものを手前に、使わないものを奥に)」といった整理整頓方法を教えています。捨てる判断やふだん使わないものの収納に悩むものがありますが、その筆頭は過去に使っていた思い出の品です。例えば、終活などでモノを処分する際、思い出の品はなかなか捨てられませんが、これらはモノとして保管しておくのではなく、データ化して保管するという方法もあるんじゃないでしょうか。

番匠データ化して保管しておく場所としてはヴァーチャル空間が向いています。例えば、子どもが描いた絵をスキャンして、自分だけの美術館をつくるとか、子ども自身を1年ごとに3Dスキャンして、成長記録を残しておくとか、ヴァーチャル空間なら自由自在です。

子どもが描いた絵をもとにしてヴァーチャル空間につくられた「たっくんミュージアム」。NEWVIEW主催のxRクリエイティブアワードで、2019年のGOLD PRIZEに輝いた。5歳の幼稚園児たっくんの絵だけではなく、音や動き、空間を楽しむことができる
図版提供:NEWVIEW

谷口データ化してアーカイブした上で、実体を別の場所にしまっておくと、住宅内のどこに何が置かれているかわからなくなりがちな今よりも整理しやすくなるのではないでしょうか。レンタル倉庫も配送サービスが出てきているので、極端な話、物流が高速化すれば、来週使うまで収納しておくといったこともできます。データ化、アーカイブ化、物流イノベーションが進むことで住宅がどう変わるか、今後が楽しみですね。

多拠点居住の可能性

松田在宅ワークで自分のワークスペースがほしい人が増えています。リモート会議で家のモノが写ると仕事をする気持ちになりませんよね。家の中に気持ちを切り替えられる場所があることが大事だと思います。

番匠子どもが家にいると無茶苦茶遊ぶし、モノにあふれた自宅では仕事ができないんですよね。私は徒歩数分のところに拠点をつくって仕事場にしているんですが、子どもが成長したら家族全員のオフィス空間にしようかなと考えています。子どもも「こっちは汚さない」「こっちは違うことをする」と頭を切り替えられます。
 都市に部屋を分散させていくということだと、西沢立衛氏の森山邸は同じ敷地内に別のボックスとして部屋が分散していますよね。同じ敷地の中で部屋を分散するという方法もあるわけで、これらがICTと結びついていくと、さらに面白くなる可能性もあるんじゃないでしょうか。

2005年竣工の森山邸(西沢立衛設計)は、一つの敷地内に高さもサイズも階数も異なる建物が10棟立ち並んでいる。2021年2月にはうち1棟を時間貸しするサービスも始められた。2006年建築・環境デザイン部門でグッドデザイン賞を受賞
図版提供:Office of Ryue Nishizawa

谷口多拠点化で気持ちを切り替えられるという話が出ましたが、私は最近、徒歩15分の職場まで行くのに、わざと遠回りして上野公園に行ったり、午前中スタバで仕事をしたりするようになりました。コロナ禍以前は無意識に移動中に気分転換したり、考え事をしたりしていましたが、コロナ禍によって都市の流動性が低くなると、拠点間を移動する余白時間を意識的につくり出すことが重要だと気づいたからです。

番匠多拠点化を進める場合、全部所有することはできないので、ここでもシェアリングが必要になります。その際、共有する「誰か」が信頼できる友だちでなくてもいいようにしないとシェアリングは進みません。しかし、その管理にITが使えるのではないかと思います。ブロックチェーン※1が発達すると、相手が誰であっても信頼関係が不要な社会になると思うのですが、もうちょっと時間がかかるかな。

※1 ブロックチェーン:ネットワークに接続された複数のコンピューターで、取引記録のデータを暗号化し、分散保持する技術。改ざんが非常に困難で、仮想通貨でこの仕組みが利用されている。

谷口アマゾンの置き配は「届け物がなくなったら、それを追跡せずに送り直す」という考え方で運営されています。人に対する信頼を前提としないサービスはすでに存在するんですよね。
 今後、ネット通販がさらに活発になり、物流量が増えてくると、個として所有するプライベートな空間は極小にして、インターフェース的な、ちょっと入って行って荷物を置いたり、周りの人と自分のものを共有したりできる、個人の所有物が置かれているけど他人が入ってきてもよい場所をつくる方向に進むかもしれません。建築の世界では、以前からコミュニティ論に基づいてプライベートとパブリックの間の空間をつくろうと議論されていましたが、これからはDXやIoTの視点からこうした議論が語られる可能性がありそうです。

家事・子育て・介護は最後まで住宅に残る

谷口モノの所有形態が変化することで、住宅のあり方は今後大きく変わっていくと思いますが、その中でも住宅における営みとして、家事と子育てと介護は最後まで残ると思います。しかし、これらも今のまま変わらないというわけではなく、家電に頼る部分が増えてくるんじゃないでしょうか。例えば、住宅の空調設備は、家電としてエアコンを後付けすることが一般的ですが、オフィスビルにはすでに空調設備が建物に組み込まれています。これからはこの考え方が住宅でも一般的となり、様々な家電をあらかじめ取り込んだ住宅のデザインが増えていくんじゃないかと思います。

松田共働き家庭が増えている近年では、食洗機、お掃除ロボット、衣類乾燥機が新三種の神器といわれていますが、食洗機がすでに設置されている住宅が出てくるなど、家電が建築の中に内在化し始めています。難しいのは管理の仕方で、故障やメンテナンスが課題のひとつになってきています。
 もうひとつ、育児や介護は機械化が進みにくい分野ではありますが、コミュニケーションのあり方を含めてDXで置き換えられるものもあると思います。例えば介護では、健康管理などデータ化できるものがあります。見守りの仕組みなども、人の目に頼るだけでなく、ITを活用できるんじゃないかと考えています。

谷口個人のデータを集めるという点から言えば、例えば、画像センサーは、結構高精細のデータがとれています。公共空間の場合、プライバシーや個人情報の問題があるので、せっかくとれた画像をメッシュ化し、人数カウントなど粗い情報として使わざるをえません。しかし、住宅の場合、家族が自分のためにデータを使うので、個人情報は問題になりません。ですから、技術革新は住宅から起きてくるのかなとも思います。

番匠データ化で難しいのは、触覚、嗅覚、味覚に関わるものなんですよね。視覚と聴覚は技術的にどんどん未来に進んでいますが、育児、介護などは、肉体の触れ合いが必要な世界ですから、DXで完全に置き換えるのはまだ難しいかもしれません。
 ただ、VRは身振り手振りを含め、離れていてもリアルタイムにコミュニケーションできるので、見守り以上に、相手が「その場にいる」と感じられるようになる可能性があります。VRで世界旅行を楽しむサービスも、海外旅行に行けなくなった高齢者に楽しんでもらえるんじゃないでしょうか。次回はこうしたコミュニケーション技術の将来についても展望してみたいと思います。

東京・池袋の「FIRST AIRLINES」は、VRを使った世界旅行が楽しめる。実際に飛行機のファーストクラスで使われていた座席に座り、エアラインを目指すクルー候補生が機内食をサービスしてくれる
図版提供:FIRST AIRLINES

次回は「第2部 〜DXがもたらす住宅の未来(後編)〜」です。
コミュニケーションやコミュニティがDXでどう変化するのか、さらに突っ込んだ議論が展開します。