MENU

よくわかるエレベーターと建物のこと

DX※1で私たちの生活はどう変わる?
第1部 〜DXがもたらす都市の未来〜

※1 DX:デジタルトランスフォーメーションの略語。進化したITを深く浸透させ、生活や物事の進め方を良い方向に一変させること。

近年、AIやIoTに代表されるITの進化により注目を集めるデジタルトランスフォーメーション(DX)。
DXはビジネスシーンや製造現場にとどまることなく、私たちのライフスタイルにも大きな影響を与えています。
DXで都市や住宅はどう変化するのか。第1部は対談で、第2部は座談会でお届けします。
今回は第1部、スマートシティの研究もされている庄司昌彦さんとヴァーチャル建築家の番匠カンナさんが対談。
DXがもたらす都市の未来について展望します。

番匠ばんじょう カンナかんな さん

ヴァーチャル建築家
https://banjo-kanna.com

建築設計事務所を退職後、2018年から活動するヴァーチャル建築家。実空間とヴァーチャル空間の設計を分け隔てなく行う。

庄司しょうじ 昌彦まさひこ さん

武蔵大学社会学部メディア社会学科教授
https://researchmap.jp/mshouji

専門は情報社会学、デジタルガバメント、スマートシティなど。政府の自治体DX検討会の座長や、自治体のアドバイザーなども務める。

ユーザーが自由にアバターも空間もつくる

庄司番匠さんはヴァーチャル建築家をされているということですが、具体的にはどんなことを?

番匠私はもともと建築事務所で設計の仕事をしていたのですが、ヴァーチャル空間のことを知り、「空間をデザインする」という点では同じだということに気づいたんですね。そこで一度建築設計を休んで、xR※2系新規事業や新規コンテンツに関するデザインや設計などの仕事を始めたのですが、しばらくするとヴァーチャル建築家の仕事がメインになりました。
 この対談も、私はヴァーチャル空間から参加しています。画面の中ではこんな姿ですが、現実の私はヘッドマウントディスプレイをかぶっていて、私の動きにアバターを連動させています。背景の空間は完全にヴァーチャルで、OBS(Open Broadcaster Software)という配信ソフトに流し込んでいるのですが、こういうことが簡単にできるようになっています。

VRChatと呼ばれるVRSNSのホーム空間から、アバター姿で対談に参加する番匠カンナさん

 すごいのは、これが無料のプラットフォームということです。アバターも空間もユーザーが自由につくってアップロードするのですが、UnityやBlender※3などの無料ソフトを使って普通の人がつくっているんですよね。学生やエンジニア、クリエイターたちが集まってきて、空間自体が表現の場になっています。
 これは、2019年に行われたヴァーチャル空間上の展示即売会「バーチャルマーケット3」の会場として設計・制作した「ネオ渋谷」です。ハチ公像や青蛙など、渋谷の過去・現在を彩るランドマークを集めて再構成するとともに、渋谷のすり鉢状の地形やスカイラインも再現することで、渋谷らしく見えるようにしました。都市に祝祭的な雰囲気を出しているところもポイントのひとつです。

※2 xR:仮想世界と現実世界を融合する技術の総称で、VR(Virtual Reality:仮想現実)、AR(Augmented Reality:拡張現実)、MR(Mixed Reality:複合現実)を含む。
※3 UnityやBlender:Unityは統合開発環境を備えたゲームエンジンで、一部の制限があるPersonal版は無料でダウンロードできる。Blenderはオープンソースの統合型3DCGソフトウェア。

「バーチャルマーケット3」の会場「ネオ渋谷」の風景。駅前から109方面を望む
図版提供:番匠カンナさん
渋谷駅前スクランブル交差点には、巨大化したハチ公やかつて存在したひばり号の姿が表現されている
図版提供:番匠カンナさん

庄司面白いですね。

番匠この作品以外に、中性子数、陽子数、核子あたりの結合エネルギーという原子物理学の数値データを基にした実験的な空間をつくったりもしています。
 ヴァーチャル空間で過ごす時間が長くなると、知らず知らずのうちにコミュニケーションの感覚が大きく変わってくるように思います。

DXで生活はガラッと変わる

番匠感覚が大きく変わるという意味では、DXと共通しているところはありますか?

庄司そうですね。では最初に、DXとは何かについてお話しします。デジタルトランスフォーメーションは、スウェーデン・ウメオ大学のエリック・ストルターマン教授が2004年に提唱した概念です。語源を調べると「trans」という部分は英語の「across」という単語と同じで「あちら側へ・反対側へ」を表す言葉から来ているようです。したがって、トランスフォームとは交差点の反対側へ渡るように「完全に・すっかりと」「形が変わる」という意味になります。
 ですから、ちょっとデジタル化しただけではデジタルトランスフォーメーションになりません。
 例えば、紙の地図がスマホアプリに変わったとしても、人に会いに行くという行動は変わりませんよね。しかし、オンライン会議で移動がなくなる場合には、根本から会議のやり方が変わったといえます。
 建築分野でも、トランスフォーメーションは進んでいますよね。

番匠試みはいろいろあるのですが、面白いと思ったのは、「Nestingβ」というデジタル家づくりプラットフォームです。土地の紹介から始まって、アプリを使って自分で間取りや設備を設計していきます。部材はデジタルプリンターや3D加工機などでつくって、プラモデルを組むように自分で家を建てていくことができます。
 巨大なスケールでは、サウジアラビアの砂漠に全長170kmのリニアな都市をつくってインフラを効率化するという「THE LINE」プロジェクトがあります。デジタルが先にあってそこから都市をつくる発想なのですが、ここまで規模の大きいプロジェクトは日本じゃ無理ですよね。

ITをフル活用して、「理想の家を自分で建てる」ことをサポートしてくれる「Nestingβ」。持続可能性を追求するために、地域の木材を活用して資源を循環させている。最新技術で断熱や耐震などの快適性も担保し、必要に応じて建築家のサポートも受けられる
図版提供:VUILD株式会社

サウジアラビアのムハマド・ビン・サルマーン皇太子が提唱する「THE LINE」プロジェクト。170kmの鉄道に沿って100万人が暮らす都市には道路も自動車もなく、二酸化炭素排出もゼロ

外面ではなく、都市の裏側で動く仕組みの変化

庄司IT先進国のフィンランドなどの都市では、築数百年の歴史的な建物に囲まれて生活していながら、最新のアプリで最適化されたルートの路面電車に乗れます。キャッシュレスも進んでいて、現金を持たずに生活できます。つまり外面ではなく、裏側で都市を動かす仕組みが変わってきていますね。子どもの頃に見た21世紀の未来都市は、車が空を飛び、電車がチューブを走っていて、そのような外見にワクワクしたものですが、大事なのは見た目の変化の話ではないんですよね。

フィンランド・ヘルシンキでは、スマホのアプリを使った「モバイルチケット」で路面電車に乗り込む
図版提供:庄司昌彦さん

中国でもニューリテール戦略※4が進んでいて、杭州や深圳(しんせん)をはじめ都市部に住む人はオンラインで買い物をして宅配サービスで品物を受け取ります。コンビニや飲食店前にはバイク便が待機し、共同住宅には宅配ロッカーが付いています。コンビニにはまとめ買い用と思われる12本売りの飲料が山積みになっていて、半分倉庫兼配送拠点みたいです。車は空を飛んでいませんが、生活習慣やお店の配置はガラッと変わり、ショッピングモールに行くのは、あえて買い物を楽しみたい時だけです。

※4 ニューリテール戦略:2016年10月にアリババのジャック・マー会長が提唱した販売戦略。テクノロジーとデータを駆使し、オフラインとオンラインが融合した小売りビジネスで、優れた顧客体験を提供する。

中国の都市部では、オンラインで注文された品物を顧客に届けるバイク便業者や待機中のバイクをそこかしこで見かける
図版提供:庄司昌彦さん

番匠「単純労働はAIに任せて、人間はクリエイティブな活動に専念する」ことを都市に置き換えた話ですね。必需品の買い物など、単純作業はデジタルで解決して、みんなと食べに行ったり、ショッピングを楽しんだりというような「わざわざやるコト」に特化する形に街の機能がシフトしていくのは面白いですね。

庄司満員電車での通勤もなくなってほしいですね。地元の駅にコワーキングスペースをつくるなど、身近な範囲に都市機能を持ってくることが求められると思います。ベッドタウンの駅前に仕事も生活も子育ても行える施設や拠点を充実させ、歩いていける範囲で生活するという方向性があるんじゃないでしょうか。

番匠通勤からは解放されつつありますよね。そうなると都心に通勤するためのマイホームを郊外に建てる必要もなくなります。私は自宅近くに拠点が2箇所あるんですが、本当は東京中に30箇所くらい拠点があればいいと思っています。オフィスビルもほとんど同じで個性のない建物が多いですが、多拠点を確保して、活動場所を選べるようになると、それぞれが個性的で、こだわりが詰まった空間をつくれますよね。サブスクリプションがいいのか、共同所有がいいのかわかりませんが、こういうことが可能になると都市は面白くなると思います。

固有の目的に特化した空間が求められる

庄司アクティビティベーストワーキング(ABW)という働き方ですね。集中作業はブースで、ブレインストーミングはホワイトボード会議室で、リラックスしたいならソファーでといったように、仕事の効果を最大化できるように目的に応じて空間を使い分ける考え方ですが、こうした企業活動に必要な機能を複数の企業で共有することもできます。例えば、1社で運営すると単調になりがちな社員食堂も、企業が集まりいくつか地元の飲食店にお願いして日替わりでおいしいものが食べられるようにするという事例もあります。機能を細分化して外出ししてシェアすれば高度化もできるわけです。デジタル技術を活用したシェアリングエコノミーが進むことで、働き方のDXも進むと思います。
 これは住宅にも応用できます。一人暮らしの家が年々増え、巨大な冷蔵庫や洗濯機を持つ必要がなくなってきました。洗濯機のシェアリングということで最近増えているのがちょっと高級なコインランドリーで、家の洗濯機より断然いい。また、「喫茶ランドリー」はランドリーに喫茶店が付いていて、街の人が集まる空間にもなっています。そのほかにも、一人暮らしのお年寄りが毎日お風呂を洗うのは大変なので、お風呂屋さんも復活するかもしれません。これらは一種のシェアリングなので、マッチングや時間貸し管理にITが活用できます。シェアリングを活用し、家の機能を切り出して組み合わせることで、自分の居場所を都市の中でいくつも持てるようになります。
 自宅という概念は崩れますが、「◯◯をしたい」と思った時に、それにふさわしい場所が用意される都市はいいですね。

洗濯機と乾燥機だけではなく、ミシンやアイロンも備えた「まちの家事室」、「喫茶ランドリー」。フランチャイズ方式で全国に展開し、店によって空間もサービスも異なっている(写真は本店の「まちの家事室」と半地下にある「モグラ席」)
図版提供:喫茶ランドリー

番匠庄司先生がおっしゃったことはヴァーチャル空間ではすでに起きているんですよね。ヴァーチャル空間には、実生活だと必須の空調やトイレなどが必要ありませんし、制作コストも低いので、固有の目的に特化した空間をつくることができます。例えば、「AさんがBさんに告白するためだけの空間」など、今まで一切存在しなかったものが生まれ始めていて、ここで求められているのは固有性です。普通の人が自由に空間をつくっていくという仕組みは面白いので、私はこれを現実の世界に広げることを目指したいですね。

原子核物理学の核図表の空間化。原子核のマップの上で研究者やユーザーが議論し、理解を深めるという目的のためだけに存在する空間
図版提供:番匠カンナさん

庄司興味深い話ですね。現実の世界に活かせるヒントがあると思います。

番匠私も楽しかったです。本日は、興味深いお話をありがとうございました。次回は今日話題になった多拠点居住やシェアリングエコノミーなどを含め、異分野の方々とDXが切り開く住宅の未来について展望してみたいと思います。

次回は「第2部の1回目 〜DXがもたらす住宅の未来〜」です。
乞うご期待!