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■トヨタ レクサスGS450h
世界中を一日で巡ることができるようになり、高速に移動するための交通手段は生活に身近なものになった。交通機関が速度だけでなく、乗り心地にもこだわるようになった現在、快適な乗り心地のためはどのようなことがなされているのだろうか。「快適さ」を求める人間の要求とそれに応えてきた過程を紹介し、未来に求められる「交通機関における移動の快適さ」を考えてみる。
 さまざまな乗り物があるなかで、自動車は私たちにとってもっとも身近で、かつ最新の技術が反映されやすい乗り物だと言えるだろう。その乗り心地にはどんな評価基準があり、また技術はどこまで進んでいるのか。自動車専門誌『CAR GRAPHIC』編集部の竹下元太郎氏にお話を伺った。
 「一般に自動車の乗り心地の良さは、障害物を乗り越えたりして衝撃が与えられても、なるべく停止しているときと同じ姿勢を保つことができるものがよいとされます。自動車業界ではこの状態を“スカイフック”(=空から吊っているような状態)などと呼んでいます」
 しかし「乗り心地の良さ」の定義は場合によって様々であり、上下の振動を吸収するサスペンションも、ソフトであればよいわけではなく、スピード重視のスポーツカーなどでは固いサスペンションが好まれる。また運転をする上では、エンジン音やタイヤが路面を回るロードノイズなどの適度な音も、心地よさに関わってくる。
 「トヨタが1990年代はじめに発表したセルシオやレクサスは、驚異的なくらい、音を消す方向で作られています。一方ヨーロッパ車は、もともと心地よいエンジン音やノイズを演出する方向でしたが、アメリカ市場でのレクサスの成功を受けて、最近は静かなものがよしとされるようになってきています」
 ここ20年の大きな変化は、機械制御から電気制御への流れだ。近年は従来のコイルバネ式のサスペンションに替わって、コンピューター制御でサスペンションを自在に動かす「エアサスペンション」の技術が一般的になってきた。電気制御は、現在ではエンジンやブレーキの制御にも用いられている。
 「エアサスペンションは、80年代に日本のソアラやセルシオが先鞭をつけ、普及しました。90年代にはヨーロッパ車がこれを真似するようになり、2000年代には、また日本車も同じ土俵に復活しました。いまや、電気制御によっていかようにも車を彩ることができる時代になったという印象です」
 コンピューターのプログラムしだいで動きの特性を柔軟に変えられる電気制御は、まさに自動車を「七色に変える」技術だ。実際に新世代の車では、低速時はソフトで、高速時は固い乗り心地を狙ったものも多いという。
 「この傾向は大歓迎、と言いたいところですが、でも、車好きって、ある種の“乗り心地の悪さ”に憧れてしまうものだったりするんですよね(笑)。運転とは、車と対峙すること。ダイレクトに制御できている、という手応えを求めてしまうんです」
■渡辺ミエコさん
 
 乗り心地について、ユーザーの立場からも聞いてみよう。キャスターの渡辺ミエコさんは自他ともに認める車好き。日産の「第26期ミス・フェアレディ」を務めたこともある。
 「母方の実家が自動車学校だったので、小さい頃から車は身近にありました。自分で運転するのも大好きです。でも、誰かにドライブに連れて行ってもらっても、自分で運転できないとイライラしてしまうんですよね(笑)」
 ゴルフ、ミニクーパー、アルファロメオ。日本車的なソフトな制御よりも、運転の手応えを感じるヨーロッパ車が好みだそうだ。
 「車は、自分だけの濃縮された空間。原稿を声に出して読んで覚えたり、自分が出ているラジオのCMを確認したり、“動く事務所”でもあります。いまは、忙しく仕事をする中、2人の子供を送り迎えしながら話を聞いたりできる空間でもあります。童謡をかけてみんなで歌ったり。そういう意味では、わたしにとって車は“余裕”。早く行けるから使う、というものではなくて、乗っている時間を楽しむための乗り物なのだと思います」


 

石川 英輔●昭和8年京都生まれ。国際基督教大学と東京都立大学理学部中退。武蔵野美術大学講師。ミカ製版株式会社の社長を務めながら、『SF西遊記』で作家としてデビュー。著書に『大江戸えころじー事情』『大江戸ボランティア事情』『大江戸テクノロジー事情』『大江戸リサイクル事情』『大江戸神仙伝』『大江戸仙界紀』『SF三国志』『総天然色への一世紀』など多数。最新刊は『大江戸妖美伝』。江戸のリサイクルとエコロジーをテーマにした講演も多く、全国を飛び回っている。

江戸時代の交通風景

 江戸時代の交通手段は、基本は徒歩です。補助的な手段として、馬と駕篭。ただ駕篭はお金もかかるし、一般人が気軽に乗るものではありませんでした。大工さんの日当が500〜600文の時代に、日本橋から品川までの相場がだいたい400文ですから。
 時代劇を見ているとよく駕篭が出てきますが、当時描かれた町中の絵を見てみても、あまり駕篭に乗っている場面は載っていません。馬もいないですね。実際はタクシーというよりリムジンに近い感覚だったのではないかと思います。
 駕篭にもいろいろあり、一番高級なのが「乗り物駕篭」。大きさも大きくて、最低でも旗本クラスの、身分の高い人が乗るものです。屋根があって、駕篭の中には布団が敷いてあり、飲み物や食べ物も備わっていた。また、「女乗り物」といって、身分の高い女性専用の駕篭もありました。庶民の女性でも大名家などに仕えていた人は、退職して嫁入りする日だけは特別に貸してもらって乗れたそうです。
 一方、一般庶民が乗るものは「四つ手駕篭」。四本の竹で吊るしてあるので四つ手。両側にござみたいなものが垂れています。これにもピンからキリまでいろいろありますね。箱根の山を越える「山駕篭」なんかだと、とにかく軽くするために余計なものは一切付いていません。

駕篭の乗り心地

■『絵本吾妻の花』より

■乗り物駕篭

 駕篭はなんで人がかついでいたかというと、昔は車輪のほうが乗り心地が悪かったからです。当時はゴムタイヤもないから揺れが激しいし、雨の時は轍ができてはまりこむ。
 駕篭は基本的にお金持ちの使うものですが、スピードは出ないし、乗る側にも技術がいったようです。バイクの後ろに人を乗せる場合と同じで、曲がるところでは一緒に重心を傾けるとうまく行く。だから乗り心地は、担ぎ手と乗り手による「総合芸術」です(笑)。
 旅行でも駕篭に乗ったり徒歩で歩いたりの併用です。当時、江戸から京都までの標準の旅程が14泊15日。今の感覚だと「大変だ」ということになりますが、電話もかかってこないし、これだけで半月つぶせるって素晴らしいと思いませんか? そこかしこに美味しい食べ物もあるし、歩くのはみんな慣れているわけですからね。
 現代人は「新幹線で2時間半」なんて自慢しているけど、こういう旅の豊かさに比べたら、そんなもの単なる「移動」じゃないかと思ってしまいます。

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