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「プラグイン・シティ」Plug-in City Study, Max Pressure Area (Section). Peter Cook, (C) Archigram 1964
「未来都市」。その言葉にはどこか懐かしい響きがある。
それは文字通りの未来を指すのではなく、それぞれの時代でそれぞれの未来を夢見た人々が思い描いたイメージの歴史の集積であるからだろう。
「プラグイン・シティ」は、1960年代のイギリスで誕生した「アーキグラム」という建築家集団による未来都市イメージのひとつである。
彼らが生み出した「ポップ」な未来都市像は、どれも突拍子もないものだが、それは過去の未来都市イメージのコラージュでもあり、ときに現在の都市の姿を驚くほど的確に洞察した予言書のようでもある。
21世紀。「未来都市」の現在は? そして未来は?
それを知るためにタイムマシンに乗り、建築家の今村創平氏のナビゲーションで交通と都市への想像力を見てみたい。
19世紀末から20世紀にかけて、人々はさまざまな未来都市を想像し、また描いてきた。
近代的な理念で建てられた都市計画に基づいた都市。あるいはまるででたらめに見える都市。想像の度合いはさまざまだが、そこには時代ごとに人々が抱いた夢がどこか投影されている。この特集では、さまざまな形で描かれた未来都市イメージを振り返りながら、その夢の歴史を追い、19世紀に描かれた理想主義的な未来都市イメージ、そして20世紀初頭のアメリカに登場した目新しさを追求した都市イメージとともに、「アンビルト」な建築物を多数描いたアーキグラムに注目する。
■「Metropolis」
Images: Friedrich-Wilhelm-Murnau-Stiftung
■「メトロポリス」
(C)手塚プロダクション/ METROPOLIS製作委員会
販売元:バンダイビジュアル
誰しも一度は「こんな家に住みたい」「こんな都市で暮らしたい」「こんな乗り物が欲しい」と夢見る。そんな想像力をかき立てたのは、SF小説やSF映画だ。戦後、日本人に未来都市のイメージを強烈に焼き付けたのは手塚治虫の国民的マンガ『鉄腕アトム』だろう。空中を飛び交う乗り物、都市をつなぐ流線型のチューブは未来的で、そこは人間とロボットが共存する都市だった。
その手塚治虫の未来都市イメージに大きな影響を与えたのは、1926年に制作されたSF映画『メトロポリス』(フリッツ・ラング監督)で、この映画では当時の人々の好奇心を刺激したニューヨークの摩天楼をヒントにした、高層ビルや空中の交通が密集する未来都市が物語の舞台だった。この映画を観た手塚治虫は、1949年に同名の単行本を描き下ろし、未来の高層ビル群と女性人造人間の悲劇を描いた。この「未来都市の記憶」は、その52年後の2001年に、新たな想像力を加えたアニメーション映画『メトロポリス』へと受け継がれている。
日本で未来都市のイメージを描いたのは、手塚治虫だけではない。星新一をはじめとする日本SF作家の著書の表紙、挿絵を多く担当したイラストレーターの真鍋博は、生涯にわたって「こんな都市に住んでみたい」と思わせる楽しい未来都市のイメージを生み出し続けた。
■柏木 博
Hiroshi Kashiwagi
1946年生まれ。武蔵野美術大学産業デザイン科卒業。東京造形大学教授を経て武蔵野美術大学教授。主な著書に、『ユートピアの夢20世 紀の未来像』(未来社)、『肖像のなかの権力』(講談社学術文庫)、『デザインの20世紀』(NHK出版)、『家事の政治学』(青土社)、『芸術の複製技術時代』(岩波書店)、『日用品の文化誌』(岩波書店)、『色彩のヒント』(平凡社)などがある。
■「四国文明圏」真鍋 博 Images: 愛媛県美術館
これまで人々は未来都市をどのように想像してきたのだろうか。デザイン史に詳しい武蔵野美術大学の柏木博教授は次のように語る。
「19世紀から20世紀の未来都市イメージの変遷を考えるとき、大きく分けると、社会主義的な理念によって計画された理想の未来都市のイメージと、アメリカのパルプマガジン(20世紀前半に全盛を誇ったアメリカの大衆娯楽雑誌)のイラストのようなガジェット(面白くて欲しくなるもの)的な未来都市のイメージという2つの流れがあります」
近代的な都市計画の概念は、もともと19世紀後半に世界中で発生していたスラム街問題の解決策として登場した。貧困の解決を夢見る人々が、ユートピア的な理想を未来都市のイメージに込めたのである。
「革命後のロシアでも、数多くの建築家やデザイナーが、空中に浮かぶ未来都市や機械仕掛けの巨大な鉄塔建築物など、未来都市的なドローイングを多く残しています」
そこにあるのは、ユートピア的な理想に基づく未来都市計画の姿だ。
「1920年代のアメリカで登場した未来都市のイメージは、当時流行したパルプマガジンのSF小説に描かれた、テクノロジーがつくり出す未来都市を基盤にしています」
そこで描かれているのは、理念よりむしろ「目新しい装置」への純粋な好奇心である。
■「モントリオール・タワー」
Montreal Tower, Elevation. Peter Cook, (C)Archigram 1963
■「インスタント・シティ」Instant City Airships, The Airship in Lancashire collage. Peter Cook, (C)Archigram 1970
19世紀から20世紀半ばまで、大きく2つの流れのなかで構想されてきた未来都市のイメージも、1960〜70年代のカウンターカルチャーに大きな影響を受けることになる。
1961年にイギリスに登場した若き建築家集団アーキグラム。ピーター・クック、ウォーレン・チョーク、デニス・クロンプトン、デビット・グリーン、ロン・ヘロン、そしてマイケル・ウェブの6人が、自分たちで編集・発行した雑誌『アーキグラム』でさまざまなプロジェクトの提案を行った。彼らは、建築にロックやコミックのイメージを取り入れ、既成の建築に対する痛烈な批判と都市のイメージの徹底的な組み換えに挑戦していった。アーキグラムの提案は、実際に建てられることを前提にしない、自由奔放な空想を楽しむものだったのである。
アーキグラムのメンバーの1人、ピーター・クックが提案した「モントリオール・タワー」は、施設の一部が空中高く持ち上げられ、それらをつなぐストラクチャーともエレベーターとも読みとれる装置が設けられている。
また、ピーター・クックが中心となった「インスタント・シティ」は、まるで旅するサーカスの一団のように、さまざまな都市の構成要素を飛行船などで運び、何もないところに突如として都市が出現し、またすぐに忽然と姿を消す過激な都市を提案している。
これは、西欧の伝統的な永遠の都市という概念と対極的な、イベントとしての都市なのである。
建築家だけではなく、デザイナーなどに大きな影響を与え、いまも高く評価されるアーキグラムについて、建築家の今村創平氏は次のように語る。
「アーキグラムが興味深いのは、いまから半世紀近い前に、非常に現代的な問題を扱っていることです。『インスタント・シティ』や『プラグイン・シティ』といった、自由に取り替え可能な都市という発想やエコロジカルな都市構想は、まったく新しいユニークな都市イメージを発見し、ドローイングの中に定着させたものですが、現在、それは部分的に現実化しつつあります」
アーキグラムのドローイングはアイディアの宝庫、と今村氏は語る。テクノロジーとエコロジーの共存というアーキグラムの発想も、いまの私たちがピクニックにノートパソコンやポータブルオーディオを持っていくような感覚に近いという。単純に田舎暮らしに戻れるわけではない、と感じる現代の私たちにとって、アーキグラムの提出したビジョンは、いまもなお先鋭的でさえある。
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