───朝倉さんは今日、舞台美術家として世界的に名を馳せておられますが、最初は日本画から入られたんですね?
「私は小さい頃から絵が好きだったのよ。でも、油絵ではなく日本画を選んだのは、その方が難しそうだったから。日本画は顔料という鉱物を粉砕した特殊なものを使うし、キャンバスではなく絹布に絵を描いていくわけ。私の中には『むつかしい? だったらやってみよう!』というところがあったわけね。それが15、16歳の頃だったかしら」
───ところで、本や雑誌に掲載された略歴を拝見しますと、朝倉さんは生年月日を出されていませんね。それには何か理由がおありなんでしょうか?
「また、変なことを聞くわね(笑)。私はね、歳相応とか何歳らしくとか、そういった決め付け方が大嫌いなの。人間はハートよ。どんなに若くても、好奇心や探究心、ワクワクするような思いがなくなったら、それは年寄りなの」
───いつ頃からそのように考えるようになられたのですか?
「いつ頃と断定はできないけど、ずっと若い頃からでしょうね。そうそう、15、16歳の頃、私はピカソに一種のライバル心を燃やしていたの。夜寝ていても『今、この地球の裏側でピカソが絵を描いている』と思うといてもたってもいられなくて、寝ないで一晩中描いていたものよ。私はその頃から何にも変わっちゃいない。ずっとその時の思いを抱き続けて大人になってきたのね。年齢なんてどこかのだれかが勝手につければいいのよ」
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